2013年 10月 04日

フィンランドの写真/ヘルシンキ・スクールなど

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Jorma Puranen "Shadows, reflections and all that sort of things, 1997-2004" より
 
 30周年を迎える来年度(2014年)の海外作家賞の対象国はフィンランドになった。基本的に過去の対象国以外から選ぶので、30回目ともなるとそれほど選択肢が豊富というわけではない。だが、そうしたなかでもフィンランドは、2000年代からとみに国際的な名声を得てきた「ヘルシンキ・スクール」を中心にたくさんの写真作家が活躍し、興味深い。
 ヘルシンキ・スクールについては、日本・フィンランド修交90周年を記念して、2009年に東京でも二つの展覧会が開催され、若手から中堅の5名の作家が紹介されたため、日本における知名度もそれなりにあるだろう。(注1) とはいえ、知名度の割にはヘルシンキ・スクールが一体どういったグループなのかについてのイメージは結びづらい。そこで紹介された5名の作家には、確かに共通点として光や自然に対する研ぎ澄まされた感覚を伝える作品が多かった。だが、それは何々派としてのスクールとしてくくられる性質というよりは、冬が長く、水と森に満ちたフィンランドという土地柄を反映したものという側面のほうが大きいだろう。
 ヘルシンキ・スクールはたとえばドイツのデュッセルドルフ・スクールとは違い、タイポロジーの方法論といったような、特定の思想や潮流でまとめて語ることは難しい。デュッセルドルフ・スクールが、ベッヒャー夫妻という個性的なアーティストのもと、その精神を徹底的に教え込まれた学生たちによって形成されていくのに対し、ヘルシンキ・スクールはヘルシンキ芸術デザイン大学の客員講師をつとめたティモシー・パーソンズが、同大学に関わる教師、学生、卒業生らをより効率よく海外に売り出すためにパッケージングしたブランド名といった性格が強い。2003年よりベルリンにギャラリー「TAIK」を創設し、現在では50名あまりの所属作家を抱え、海外のアートフェアなどで積極的にアーティストを紹介している。その一定の質を伴ったパッケージ化が海外で大成功を収めたため、ヘルシンキ・スクールという名前だけが一人歩きをはじめたように思われる。ヘルシンキ・スクールというくくり自体はブランド名以上の意味はあまりないのかもしれないが、今回のフィンランドでの調査においても、推薦された写真家のほとんどがヘルシンキ・スクールに属していたように、そこに集まった作家には一定以上の質の作品が期待できるということに間違いはないだろう。(注2)
 ヘルシンキで8月末に行った今回の調査では、ヘルシンキ芸術デザイン大学で長年教師を務め、ヘルシンキ・スクールに属する有望な学生の基盤を作ったといえるヨルマ・プラーネン(Jorma Puranen b.1951)とウッラ・ヨキサロ(Ulla Jokisalo b.1955)のアトリエを訪れることができたほか、中堅写真家のなかでも世界的な活躍をするエリナ・ブロテルス(Elina Brotherus b.1972)、アイノ・カニスト(Aino Kannisto b.1973)、サンナ・カニスト(Sanna Kannisto b.1974)などに会って、実際に話をうかがうことができた。視線の政治性を問うたヨルマ・プラーネンの作品や、現在でも未だ大きなタブーの領域にある不妊治療における自らの体験を直裁に写しだしたエリナ・ブロテルスの新作など、興味深いものがあった。

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 なかでも、まだ知名度はあまりないが、ヤリ・シロマキ(Jari Silomaki b.1975)の写真が印象深かった。2001年より毎日一枚の風景を撮り続け、そのプリント上に手書きで個人的な出来事や世界で起こる政治的な事件などを書き込んだMy Weather Diaryのシリーズや、ネット上にあふれる匿名のブログのなかから興味を引く人物を見つけると、徹底的にリサーチをし、そこに綴られた内容からその人物が暮らす場所に目星をつけ、実際にその土地に赴いて写真を撮り、さらには、その人物が暮らす部屋を様々な記述から推測して自分の家に再現し、役者を使って撮影するといった、気の遠くなる作業を延々と積み上げていく現在進行中のプロジェクト。非常にコンセプチュアルでありながらも、身体性を強く刻印させた彼の作品は、個人の経験と、テレビ、新聞、ウェブといったメディアによって伝えられる経験が相互に複雑かつ密接に絡み合っている現代社会の一側面を確かに掴み取っているように思う。
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 Jari Silomaki "My Weather Diary" 2010

 そのほか、青年期の微妙な表情をとらえたモノクロのポートレイト作品で最近注目されているネリ・パロマキ(Nelli Palomaki b.1981)や、日本での知名度も高い、独特の色彩で幻想的な物語性を誘うアンニ・レッパラ(Anni Leppala b.1981)など、若手の活躍も目立っていた。
 東川賞審査会のために、リサーチをしたなかからめぼしい作家を10数人に絞らなければならないが、どういった基準で作家を選んでいくべきか、いつも頭を悩ませられる。モノクロの風景写真で有名な、フィンランド写真界のもっとも大御所で代表的な写真家といえるペンティ・サマラッティ(Pentti Sammallahti b.1950)などの作家もいるが、国際的にもすでに様々な賞を獲得しているこうした作家を、東川でも対象とすることがふさわしいのか。あるいは、日本ではそれほど知名度はなくとも、その国で一定の評価を得ている中堅作家、またはこれからを担う若手の有望株をそろえたほうが、現在の動向を知るという上では意味のあることなのだろうか。おそらく、それぞれの世代をとりまぜて土台に載せたうえで、議論を尽くしていくのが最善の方法ではあるのだろうが、そのバランスが難しい。しばらくは試行錯誤を積み重ねていくほかはない。


注1)「ヘルシンキ・スクール写真展 風景とその内側」(資生堂ギャラリー、ティーナ・イトコネン、サンドラ・カンタネン、スサンナ・マユリ、アンニ・レッパラの4人による展覧会。)「エア・バスコ個展~ヘルシンキ・スクール 自然とアブストラクトフォトの新潮流~」(G/P Gallery)。また、2000年には東京都写真美術館にて「フィンランド現代写真家展 潜在意識の発露として、写真をイメージ媒体とした身体芸術~4人のフィンランド現代写真家たちを通したアプローチ~」が開催されている。出品作家はアルノ・ラファエル・ミンキネン、ウッラ・ヨキサロ、ヴェルッティ・テラスヴォリ、ペッカ・ニクルス。

注2)今回のフィンランドの写真作家のリサーチにおいては、キアズマ現代美術館のピルコ・シータリ氏(Pirkko Siitari)、オウル北部写真センターのアッラ・ライサネン氏(Alla Räisänen)、ヒポリット写真ギャラリーのミトロ・カウリンコスキ氏(Mitro Kaurinkoski)、写真美術館のアンナ・カイサ・ラステンバーガー氏(Anna-Kaisa Rastenberger)、フレイム・ビジュアル・アーツのタル・エルフヴィング氏(Taru Elfving)にご協力、ご助言いただいた。


ヘルシンキ・スクール(Helsinki School)
http://www.helsinkischool.fi/helsinkischool/index.php

フィンランド現代美術館(KIASMA)
http://www.kiasma.fi/kiasma_en

フィンランド写真美術館 (The Finnish Museum of Photography)
http://www.valokuvataiteenmuseo.fi/en

ヒポリット写真ギャラリー(Photographic Gallery Hippolyte)
http://www.hippolyte.fi/?lang=en

オウル北部写真センター(Northern Photographic Center, Oulu)
http://www.pohjoinenvalokuvakeskus.fi/en/

Frame Visual Arts Finland
http://www.frame-finland.fi/en/
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by curatory | 2013-10-04 16:45 | 海外作家賞


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