2015年 05月 12日

ニュージーランドの写真2  ポスト・コロニアリズムの視点を抱えたゴシックの国

 マオリ系の出自ではないヨーロッパ系(パケハ)写真家のなかで、マオリの問題に真っ向から取り組んでいるのが、マーク・アダムス(Mark Adams b.1949)だろう。オークランドに住んでいると聞いていたが、すでに居を移していたため会うことは叶わなかったが、オークランド空港に近いマンジェレ・アーツ・センターにて個展「Sign Here」(Mangere Arts Centre, 17 January- 1 March, 2015)が開催されていた。ここはマオリの居住者の割合が高いというマンジェレ地区にある、マオリとパシフィックのビジュアル・アーツに重点を置いた文化施設だ。ワイタンギ条約締結175周年を記念しての展覧会で、アダムスが1990年代に国立博物館(テ・パパ)からコミッションされた、ワイタンギ条約が締結された場所を調査し、署名者がかつてそこに立ったと思われる場所を突き止め、撮影するプロジェクトの写真が展示されていた。アダムスはそれを何分割かしたパノラマ写真によって示す。ワイタンギ条約が、イギリス人とマオリによってまるで違う意味をもったように、写真が事実を伝えることには限界があり、分割された写真と写真の合間には、別の視点が入り込む余地があることを暗示している。

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   マーク・アダムス「Sign Here」展(マンジェレ・アーツ・センター)展示風景

 アダムスは大判のフィルムカメラを使って撮影をするが、それは写真が発明された初期に使われていたガラス・プレート版のカメラを想起させもする。1839年にダゲレオタイプがフランス化学・芸術アカデミーで発表され、写真が発明されたまさにその時期と、ニュージーランドの入植が本格化する時期とは密接に重なり合う。カメラのテクノロジーと国家の発展とが手を携え、写真は国家とランドスケープが創り上げられていく過程のドキュメントとして積極的に用いられた。そうしたことに意識的なニュージーランドの写真家にとって、写真を撮ることと自国の歴史を考えることは、切っても切れない関係にある。
 アダムスの「Cook’s Site」プロジェクトは、ジェームズ・クックが第二回探検航海(1772-75)で足を踏み入れた場所や、同伴した画家ウィリアム・ホッジスが、タヒチやニュージーランド南島南西端にあるダスキー・サウンドで描いた場所、そしてその絵が現在飾られているイギリスのグリニッジにある国立軍事博物館などを訪れ、撮影したものだ。クックが当時目を向けた風景は現在もそこに残っているのか、ホッジスは絵画にどのような現実や理想を描きだそうとしたのか、ホッジスの絵画を展示している博物館は何を表象しているのか―――このプロジェクトはアダムスにとって、人が新たなる土地をまなざし、支配下に置いていったプロセスを問う試みでもあり、そこには何層もの視線と表象の問題が折り重なっている。
 アダムスは他にもニュージーランド在住のサモア人のタトゥーイスト、故パオロ・スルアペが施したタトゥーを長年にわたって撮影したシリーズなどが有名だ。こうしたプロジェクトの背後には、太平洋地域のコロニアリズムがいかなるクロスカルチュアルな歴史を辿ってきたかというテーマが通底しているのだという。

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 マオリとスコットランド人の祖先をもつフィオナ・パーディントン(Fiona Pardington b.1961)も、コロニアリズムの視線を問いかける作品で際立った存在感を発している。彼女の作品は視覚性だけでなく、触覚性に訴えかける要素も強く、コロニアリズムの問題だけでなく、視線、写真の複製性、光、時間の問題など、その関心は多岐にわたる。パーディントンは1990年代後半から、エロティックなファウンド・フォトを再撮影したシリーズなど、ジェンダーや、見る/見られる関係について問いかける作品を制作していた。その延長上に、オークランド戦争博物館に収蔵されているマオリの伝統的なネフライト製人型ペンダントであるヘイティキを撮影した「Mauria Mai」(2001)のシリーズがある。ヘイティキは、マオリの神話にでてくる最初の人間ティキを具現化したものとされ、一族の宝として手から手へ渡されてきたものだ。通常10㎝ほどのサイズの魔術的な異形の人型ヘイティキが人間の赤ちゃんくらいの大きさにまで引き伸ばされ、モノクロプリントの深く沈んだ黒をバックに、なめらかな陰影をもって写しだされたその作品は、物に宿る命や魔術の存在、行き場を失った魂についても考えさせる。そこには魂、魂を象ったモノ、それを写した写真という、表象を巡る入れ子状の関係が写しだされている。さらに、タイトルに博物館の整理番号が付されることによって、その宝の前の持ち主や、それが博物館の収蔵品になっていることの意味についても考えさせられる。
 2007年、パーディントンは自分のマオリの祖先のライフキャスト(石膏取り胸像)がパリにあることを耳にする。興味をもった彼女はリサーチによって、それがフランス人探検家ジュール・デュモン・デュルヴィル(Jules Sebastien Cesar Dumont d'Urville 1790-1842、エーゲ海ミロス島で発見されたばかりのミロのヴィーナスを、フランス政府に購入させる交渉をした人物としても有名)の第三回フランス海軍南極探検(1837-40)に同行した、骨相学者ピエール・マリー・アレクサンドル・デュムティエ(Pierre-Marie Alexandre Dumoutier 1797-1871)が、ニュージーランドを含むポリネシアの島々を巡った際に作ったものであることを知る。そのうちの50体ほどが、パリの人類博物館に収蔵されている。(ちなみにこの人類博物館には、ホッテントットのヴィーナスと呼ばれたサラ・バートマンのライフキャストも1974年まで展示されていたという。また、デュルビルがニュージーランドのベイ・オブ・アイランズに到着したのは1940年4月のことで、ワイタンギ条約が結ばれた2か月後だった。デュムティエが作ったライフキャストには、ワイタンギ条約に調印した部族長の一人もいたそうだ。)

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   フィオナ・パーディントン 「Ahua: A beautiful hesitation」(Otago University Press, 2011)

 2010年、パーディントンはこれらのライフキャストを撮影する許可をえて、「Ahua: A beautiful hesitation」シリーズとして発表した。写真が発明される以前に制作されたこれらのライフキャストは、正確な似姿を写すものとして、原・写真ともいえるものだとパーディントンは語る。正確な記録をとろうとする情熱と、その記録から人の内面まで見通すことができると考える19世紀の知性。骨相学は頭蓋を計測することによって、人の気質や性格までもが測定できると考えた。さらに、マオリたちの顔に彫られた刺青(モコ)は、傷口に色素をいれるタトゥーと違い、表面に深く傷をつけることによって模様を作るので、ライフキャストにもその跡が浮かび上がる。モコの模様からは、血族や所属集団などの情報までもが、はっきりと読み取ることができる。同じ頭部のライフキャストでも、西欧とマオリによって、その読み取り方がまったく違うということを、これらのライフキャストは同時に示しているだろう。マオリと西欧の知と視線の差異について、非常に明解に示すものであるとともに、ライフキャストの圧倒的な存在感は、魂をもったヘイティキのあり方にもどこかで通じているように感じられた。

 パーディントンのこのシリーズを見てすぐに思い浮かんだのが、昨年度の海外作家賞(フィンランド)を受賞したヨルマ・プラーネン(Jorma Puranen b.1951)の作品だ。彼の「Imaginary Homecoming」シリーズも、パリの人類博物館に収蔵されていた、1884年にフランス人写真家G.ロッシュがローラン・ボナパルトのラップランド探検に同行した際に撮影したラップランド先住民のサーミ人の写真を扱ったものだ。プラーネンは収蔵されていた写真を再撮影し、被写体となったサーミ人たちが撮影されたと思われる元の場所にリプリントした写真を配置し、風景のなかで撮影するというプロジェクトを行った。彼は写真がそのはじまりから地理的探検や植民地主義と分かちがたく結びついていることに注目し、写真を用いることを通して、風景に新たな意味を与えようとする。そのためには「想像力」が必要で、サーミ人たちの想像上の帰郷から浮かび上がる新しい風景を、写真から見通すことができればと考える。
 プラーネンは1970年代後半から盛んに唱えられていたポスト・コロニアリズムの洗礼を受けた作家だが、ニュージーランドの写真家たちのポスト・コロニアリズムへの同様の関心を話したところ、おそらく根っこは一緒のところにあるのだろうと言っていた。ニュージーランドとフィンランド。この二つの国に、私自身、はじめは何の共通点も感じていなかった。だが、北と南のかつては探検されるべき辺境の土地にあり、さらには南極と北極という、極限的で崇高なイメージが投影される場所への入り口としての役割も担い、原住民の問題も抱えるという点において両者は密接につながっていた。地球の円環が一気に閉じるような、目が覚める思いがした。



参照)
マーク・アダムス Mark Adams http://tworooms.co.nz/exhibitions/mark-adams-rauru/
フィオナ・パーディントン Fiona Pardington http://fionapardington.blogspot.jp/
「Fiona Pardington Ahua: A beautiful hesitation」(Otago University Press, 2011)
ヨルマ・プラーネン Jorma Puranen http://helsinkischool.fi/artists/jorma-puranen/portfolio/imaginary-homecoming
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by curatory | 2015-05-12 16:55 | 海外作家賞


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