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2017年 06月 30日 ( 4 )


2017年 06月 30日

ポーランドの現代写真(4)Polish photographers

このブログで取り上げたポーランドの写真家

イェジィ・レフチンスキJerzy Lewczyński,1924-2014
ナタリアLL Natalia LL, 1937-
ユゼフ・ロバコフスキ
Jozef Robakowski, 1939-
グジェゴシュ・コヴァルスキGrzegorz Kowalski, 1942-
ゾフィア・クリク
Zofia Kulik, 1947-
テレサ・ギエルジンスカ
Teresa Gierzyńska, 1947-
ヴォイチェフ・プラジュモフスキ
Wojciech Prażmowski, 1949-
アンナ・ベアタ・ボフジェーヴィチAnna Beata Bohdziewicz, 1950-
ヴィトルド・クラソウスキ
Witold Krassowski, 1956-
ズビグネフ・リベラ
Zbigniew Libera, 1959-
ヴォイチェフ・ヴィルチク
Wojciech Wilczyk, 1961-
アグニエシュカ・レイズAgnieszka Rayss, 1970-
イゴール・オムレツキ
Igor Omulecki, 1973-
アネタ・グシェコフスカAneta Grzeszykowska, 1974- 
シモン・ロジンスキ
Szymon Rogiński, 1975-
ラファウ・ミラフ
Rafał Milach, 1978-
クシシュトフ・ピヤルスキ
Krzysztof Pijarski, 1980-
アンナ・オルオーヴスカ
Anna Orlowska, 1986-

他にも下記のような写真家/アーティストの作品を見る機会があった。

ミコワイ・ドゥゴス
Mikołaj Długosz, 1975
アダム・パンチュク
Adam Pańczuk, 1978-
トマシュ・シェルシェン
Tomasz Szerszeń, 1981-
イロナ・シュワルツ
Ilona Szwarc, 1984-

今回は取り上げなかったが、ミコワイ・ドゥゴスが出版した、共産主義時代に写真家組合から派遣された写真家たちが地方を撮影した記録写真を集めた写真集『latem w mieście / summer in the city』(2016)、批評家/アーティストのPaweł Szypulskiが、アウシュビッツから出された観光絵葉書を集めて出版した『Greetings from Auschwits』(2015)が、とても面白い試みだった。


下記のリンクも参考になる。

Adam Mickiewicz Institute 

A Foreigner’s Guide to Polish Photography 

Polish Photography - Trends & Developments in the 20th Century

ザヘンタ国立美術館

ワルシャワ国立美術館 

ウッジ美術館 

クラクフ現代美術館 

Asymetry Gallery

Magnetic Fields Gallery

Lokal 30gallery

FundacjaProfile Gallery

FundacjaArcheologia Fotografii

Piktogram

LEICA 6x7 GALLERY WARSZAWA 

KrakowPhotomonth 



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by curatory | 2017-06-30 10:05 | 海外作家賞
2017年 06月 30日

ポーランドの現代写真(3)Polish Photographers

ズビグネフ・リベラZbigniew Libera, 1959-

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LEGO Concentration Camp」(2001)ワルシャワ国立美術館での展示より
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Pozytywy (Positives, 2002-2003) 写真集『Fotografie』より

熊本現代美術館にも作品が収蔵されており、日本でもそれなりの知名度があるだろう。1980年代初期から活動をはじめるが、反政府的な出版やポスター制作のため投獄され、1990年代からはポーランドにおける「クリティカル・アート」の最前線で活躍する。玩具のレゴで強制収容所を制作した作品「LEGO Concentration Camp」(1996で物議を醸すなど、挑発的な作品を作り続けている。

近年はメディアやマスカルチャーにおけるイメージの重要性を分析するような、写真を中心に据えた作品を発表している。「Pozytywy (Positives, 2002-2003)では、世界的にも有名な、ナチスの強制収容所に捉えられた柵越しの囚人の写真や、ベトナム戦争時に泣き叫びながら裸で逃げる少女の写真などをもとに新たに写真を撮りおろし、トラウマとその表象の関係性について考えさせる。2012年には、戒厳令の街の通り、刑務所、架空の新聞のページなど、これまでの写真作品をまとめた最初の写真集『Fotografie』(Raster, 2012)を出版した。



ヴォイチェフ・ヴィルチクWojciech Wilczyk, 1961-

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Small Ghetto, View from Grzybowska Street towards the south-east, 18 March 2011
『Other City』より

 詩人としても活躍しているヴィルチクは、過去の痕跡を可視化し、想像することを促す作品を制作している。「Other City」は、歴史家であるElzbueta Janikckaと共同で行ったプロジェクトで、2013年にワルシャワのザヘンタ国立美術館で展覧会が開催され大きな注目を浴びた。現在のワルシャワの中心地には、かつてナチスによって作られた最大規模のユダヤ人ゲットー(ワルシャワゲットー、1940-43)があった。そこから多数のユダヤ人が絶滅収容所に送られるなか、初めての武装蜂起が行われるも壊滅的に破壊される。その跡地には第二次大戦後にスターリンからの贈り物として文化科学宮殿が1955年に完成し、現在でもワルシャワの一等地にあるランドマークタワーとして威風堂々と聳えたっている。ヴィルチクは文化科学宮殿を含め、過去にゲットーがあった地区を高い建物上から大型カメラで俯瞰的に細部まで綿密に記録することで、今は存在しない「別の都市」を指し示す。すべてを覆い隠すかのように建設されたその後の社会主義時代、それに続く資本主義時代の諸相を、精緻に写された写真のなかに探り、想像することを促している。

他にも、現在では廃墟になったり、別の用途(映画館やコミュニティセンターなど)に使われている、かつてのシナゴーグや祈祷所を撮影した、ポーランドに遺されたホロコーストの痕跡を辿るシリーズ「There is no such thing as an Innocent Eye」など。過去に起こったとりわけ負の記憶が、いかに隠ぺいされつつも露わになっているかを可視化する試みを続けている。



アグニエシュカ・レイズAgnieszka Rayss, 1970-

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上)写真集『THIS IS WHERE THE END OF CITIES BEGINS』(Sputnik Photos, 2016)

下)写真集 『American Dream』(Institute Pro Fotografia, 2011)


ドキュメンタリー写真を主としたアーティストコレクティブである「スプートニク」の共同創設者。ポストコミュニズムの国がどのように西欧のトレンドをコピーし、ポップカルチャーが生み出されるかについてや、ジェンダーなどをテーマとする。「American Dream」(2005-2010)は、レイズが学生時代を過ごした共産主義時代には考えられもしなかった、ミスコンテストや有名になりたい願望を実現しようとする女性の姿を、批判的にというよりは、自らの姿を重ねあわせるような共感をもってドキュメントしたもの。近年ではエコロジーをテーマにランドスケープの撮影も行っている。



イゴール・オムレツキIgor Omulecki, 1973-

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Universe」シリーズより

ポーランドで暮らす身近な人たちを撮ったスナップ的な写真シリーズ「Beautiful People(1999 2003)などもあるが、近年では音を視覚的に表現したものや、顕微鏡で拡大した世界をとらえた写真など、実験的な試みを繰り返してる。特に「BIOS」プロジェクトでは、コンピューターに接続された生物機械として自身を観察したリアリズムの新しい形態を模索している。



アネタ・グシェコフスカAneta Grzeszykowska, 1974- 

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写真集『Love Book』(Raster, 2011)より

自己の消去や、自己と他者の境界を探るような作品を制作。家族アルバムの写真から自分の姿だけを消去した「ALBUM(2006)、顔に色を塗り、ネガプリントでも自分だけが白く浮かび上がるような差異化をほどこした「Negative Book」、自分の顔や身体のパーツを豚の皮を使ってレプリカを作り撮影した「Selfie」、シンディ・シャーマンの「Untitled Film Stills」をカラーでリメイクしたシリーズなど、時間をかけた丁寧な手作業を通じて、非常に完成度の高い作品を制作している。他にも、幼かった頃の記憶をもとにして手縫いで作った「人形」シリーズなど、自身の存在の境界やミメーシスの問題を、写真というメディアだけにこだわらず、イメージ全般、そして立体も用いた様々な手法によって問いかける。



シモン・ロジンスキSzymon Rogiński, 1975-

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ポーランドの地方都市を車で訪れ、夜がふけた暗がりのなかで輝く人工灯や車のヘッドライトのもとで撮影した「Poland Synthesis」(20032006)や、明け方の光の中で写した「Brightness (2004-2007)など、幻想的な光のもとに立ち現れた異次元の世界を写しだす。



ラファウ・ミラフRafał Milach, 1978-

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『The Winners』(2014)より

「スプートニク」の共同創設者。10年以上にわたり、ロシア語を話す地域、中央、東ヨーロッパにおける変化をテーマに撮影を続けている。ベラルーシで撮影された「The Winners」シリーズは、公的な権威によって「勝者」と認定された人たちを、表彰された所以の場所や物とともに撮影したもの。(ミンスクで一番素敵な階段、一番愛し合ってるカップル、一番効率的なジャガイモ農園など)。プロパガンダをそのままになぞって撮影することによって、現実とのギャップや、プロパガンダの意味などを問いかけている。



クシシュトフ・ピヤルスキKrzysztof Pijarski, 1980-
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JL-KP / Playing the Archive」(2011)より
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Lives of Unholy(200912)より

ポストモダンの社会におけるイメージと物のあり方について、モニュメント、アーカイブ、博物館、風景などを手がかりに作品を作っている写真家/批評家。写真の考古学を唱えたレフチンスキにオマージュを捧げた「JL-KP / Playing the Archive」(2011)は、レフチンスキが遺した膨大なアーカイブをアトラスのように提示することで、独自の相互関連を見出し、創造的な再発見をしようとする意欲的な試み。「Lives of Unholy(200912)は、時に非常に暴力的な形で塗り替えられていったワルシャワの歴史を、モニュメントやパブリック彫刻を通じて見ようとするビジュアル・アルケオロジー。「Sculpture of the Negative」(2015)は東プロイセン時代に繁栄したものの、第二次大戦中に存続をやめたローズ家の破壊された彫刻コレクションの断片と、同地域で戦前に撮影をしていたポーランドを代表する写真家故Zofia Chometowskの写真アーカイブ(WW2で破壊されたワルシャワを撮影した写真など)を並列させることから現代的意味を読み解こうとするもの。

レフチンスキが唱えた創造的な写真の使用法の可能性を、批評だけでなく、他ジャンルの作家とのコラボレーションや制作の実践を通して探ろうとしている。





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by curatory | 2017-06-30 09:45 | 海外作家賞
2017年 06月 30日

ポーランドの現代写真(2)Polish photographers

以下、ポーランドの写真家たちの簡単な紹介をしておく。


ナタリアLL Natalia LL, 1937-

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Consumer Art」ほか。ワルシャワ国立美術館の展示より

写真を主に用いたアーティストで、まず名前が挙がってくるのは、ナタリアLLとユゼフ・ロバコフスキだろう。両者ともポーランドを代表するアーティストで、80歳近くになる現在でも展覧会などの開催で精力的に活動している。

写真を中心に、パフォーマンスやビデオアートも制作。1970年にはPERMAFOギャラリーを共同で創設し、前衛アートの最前線としての役割を果たした。1970年代に制作した、バナナ(当時のポーランドでは高級品+性的隠喩)や、フランクフルト、アイスクリームを食べる女性(ナタリア本人と思われていることが多いようだが別人)を写した「Consumer Art」が代表作で、1975年頃よりフェミニストアートの文脈で国際的にも活躍する。80年前後から自身の身体的な不調もあってか、幻想的な「Dreaming」シリーズや、自らの身体を用いたパフォーマンス的な要素の強いシリーズなどを制作してきた。身体と精神の関係を、ガスマスクをかぶったり、悪夢ともいえるような非常に強いインパクトのあるイメージのなかで、意識や自然の様々な在り様をとらえようとしている。


ユゼフ・ロバコフスキJozef Robakowski, 1939-

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4 fields of depth, 1969 (Analytic-conceptual photography シリーズより)


ポーランド第二の都市ウッチを拠点に活動。実験的なビデオアートの第一人者とされ、1960年代はじめから実験的なフィルムの制作、70年代にはビデオアートも手掛けているが、最初のスタートは写真制作(1958-1967)からだった。60年代には「OKO」「Zero61」などのアーティストコレクティブを創設。ネオ・アヴァンギャルドの作家として、当時の共産主義体制下において厳しい検閲の問題に対抗するため、徹底してプライベートなテーマや日常性を取り上げながらラディカルかつユーモラスな作品を発表し続ける。ネオ・アヴァンギャルドアーティストたちの作品のコレクションや展覧会なども企画するなど、幅広い活動をしている。2016年にはロバコフスキの写真作品に焦点を絞ったカタログも出版された。


 グジェゴシュ・コヴァルスキGrzegorz Kowalski, 1942-

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左)フォトグラフィック・オブジェクトシリーズより 右)『Questions』(2014)より

自他の境を問うものとしてアートを用い、写真というよりは彫刻、パフォーマンスアート、インスタレーションを主とする作家といえるだろう。写真に関連したものとしては、1970年代に制作した、人の痕跡、記憶をとらえた「フォトグラフィック・オブジェクト」シリーズや、被写体に三つの質問を投げかけ、それに対する答えを写真に捉えた「PYTANIA/Questions (質問)」がある。建築家のオスカー・ハンセンの「OPEN FORM」の理論に共感し、批評家、教育者としても数多くの学生、アーティストを育ててきた。


 ゾフィア・クリクZofia Kulik, 1947-

1978-1987年はパートナーのPrzemyslaw Kwiekとともに、Kwiekulikというアーティストユニットを組んでいた。自らの居住スペースをギャラリーやワークショップの場として開放し、そこで起こった出来事の写真も含めたドキュメンテーションを作成。現在もそのアーカイブをいかにして整理し、創造的に用いるかということに心を砕いているという。1987年からはゾフィア・クリクとして単身で作品制作をはじめ、反復的なモチーフとしての裸体(アーティストのズビグネフ・リベラを被写体としている)をコラージュした曼荼羅のような作品を制作。形式的で非人間的な共産主義政権への批判ともとれるが、中世の絵画や、幾何学模様の美しいオーナメントのようにも見える作品の射程の幅は広い。


テレサ・ギエルジンスカTeresa Gierzyńska, 1947-

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ギャラリーで実際に見せて(触らせて)もらった「Touch」シリーズ。身体の断片が写真とともに提示される。

1967年頃から撮りためているセルフポートレイト、スナップ写真をもとに作られた「about her」シリーズなどがある。ほとんど交差することのない視線、身体の一部、裸の背中に記された夫の名前など、アーティストとして、そして著名な画家を夫にもつ妻、母として複雑に絡み合った存在である自身を「her」という視点から見返すことで、見られる存在としての自身を突き放しながらも、どこか愛おしんでいる感覚が伝わってくる。身体の一部を触覚的にとりあげた彫刻と、部分を切り取られた写真を並べたシリーズ「Touch」(1978)も、親密さのなかに浮かび上がる触覚性が際立っている作品だ。


ヴォイチェフ・プラジュモフスキWojciech Prażmowski, 1949- 

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『Fotografie 1987-1997』より

1990年代後半より作り始めた、家族写真やファウンドオブジェ、ネガ、モンタージュなどの手法を用いた「フォトオブジェ」シリーズが代表作。レフチンスキの「写真の考古学」との関連で語られることもあり、古い写真を用いて新しい物語を生み出そうとしている。フォトオブジェのシリーズだけでなく、1999-2000年にはポーランドの各地で失われつつある風景を撮影したモノクロ写真のシリーズや、ポーランドの代表的詩人チェスワフ・ミウォシュの足跡をリトアニアとポーランドに辿った想像上の旅を撮りおさめたシリーズなども発表している。ややもするとノスタルジックな美しさが前面にでた印象も受けるが、写真を用いて独特の詩的な世界を構築している。


アンナ・ベアタ・ボフジェーヴィチAnna Beata Bohdziewicz, 1950-

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『1981 Life Anew. Photodiary or a song on the end of the world』(2014)より。
左の写真のテレビ画面には「連帯」を結成した当時のレフ・ワレサが写り、
それを取材しているボフジェーヴィチの姿も真後ろにある。

もともとは考古学と民族学を学んだのちに映画を撮り始め、1980年代より意識的に写真の撮影をはじめるようになった。日常の個人的な記録としての写真とあわせ、1989年以降は政治的、社会的にも激動するポーランドをジャーナリスティックな視点からも撮影し、両方の写真を混ぜ合わせた「フォトダイアリー」シリーズを続けている。現在までに数千枚の写真が撮られたものを、展覧会などの発表の機会に応じて編集し直し、単文のテクストを写真に添えて提示する。過去には普通に行われていた発表物に対する検閲によって、展示を却下された作品も多数あったようだ。日常と政治が地続きでつながっていることを、時にシニカルに、時にウィットにとんだ手つきで示している。


ヴィトルド・クラソウスキWitold Krassowski, 1956-

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Afterimages the Polish(2009)より

社会ドキュメントやルポルタージュを撮り続けている写真家。写真集「Afterimages the Polish(2009)は、1989年から1997年までの写真を集めたもので、社会主義が崩壊してからのポーランドで生活する人々の様子が撮影され、高く評価されている。





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by curatory | 2017-06-30 09:33 | 海外作家賞
2017年 06月 30日

ポーランドの現代写真(1) Polish photographers

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右手に霞む茶色の建物がスターリンから贈られたワルシャワのランドマークタワー、文化科学宮殿

 今年の東川賞海外作家賞(対象国:ポーランド)はアンナ・オルオーヴスカAnnaOrlowska, 1986-)に決まった。

 昨年10月にワルシャワに調査に行き、実際に会ったり資料を集めたりした作家と、他のノミネーターから挙がった分も含め、最終的には20人近くのノミネートリストができあがったが、オルオーヴスカはそのなかでも最年少で、おそらくこれまでの海外作家賞を受賞した作家のなかでも最年少だろう。

 リストに挙がった並居るメンバーをおいてオルオーヴスカが受賞に至ったのは、見えないものを巡るテーマを反復的に追求しながらも、既成の形式にこだわらず、新たな表現を探りだしていこうとする旺盛な表現欲と、それを形にしたときの完成度の高さにあったように思う。ワルシャワでアトリエにも訪れたが、写真を平面として扱うだけでなく、実際に形を切りだした立体の迷路の作品や、写真の表面にワックスを施して、温度が上がるとワックスが溶けて下の画像が現れる作品など、大学での修了制作が評価されてから数年間のうちに、実験的な作品を次々と生み出している意欲には驚かされた。今まさに油ののっている時期なのだろう。

 ポーランドの写真家は日本ではまだあまり馴染みがないだろうが、2006年には松涛美術館で「ポーランド国立ウッチ美術館所蔵「ポーランド写真の100年」展が開催されている。この展覧会ではウッチ美術館の所蔵品からアーティスト70人弱、200点余りの作品を選んで展示したもので、そのタイトル通りポーランド写真の100年を、第二次大戦前の1945年以前、社会主義時代の19401990年代、民主化が進んだ1990年代以降、フィルム・ビデオによる表現の4章に分けて概観している。企画担当は東川賞の審査員も務める光田由里さん。前年には、加須屋明子さん企画で展覧会「転換期の作法 ポーランド、チェコ、スロヴァキア、ハンガリーの現代美術」が国立国際美術館(東京都現代美術館にも巡回)で開かれ、ポーランドからはアルトゥール・ジミェフスキ、グループ「アゾロ」の映像作品や、ミロスワフ・バウカ、パヴェウ・アルトハメルの作品が紹介された。その後、同じく加須屋さんの企画で「存在へのアプローチ—暗闇、無限、日常ポーランド現代美術展」(京都市立芸術大学ギャラリー・アクア、2013年)が開催されるなど、ポーランドのアーティストは、中東欧の他の諸国に比べても日本では継続的な紹介がなされていると言ってもよいだろう。

 とはいえ、写真家の紹介は「ポーランド写真の100年」展以来あまりない。ジミェフスキもそうだが、映像を用いるアーティストで、写真も制作するといった作家は多いが、「写真」を主に発表している作家となると、発表される媒体も限られてくることが多い。今回は、ポーランド文化の海外発信を主に活動している政府機関のアダム・ミエキビッチ財団AMI)が写真家、ギャラリー、批評家などの紹介をしてくれた他、滞在中もスタディプログラムを組んでくれたため、効率的にリサーチを進めることができた。ポーランドの写真家について英語で参照できるウェブサイトもこのAMIのものが一番充実している、というかほぼ唯一のもので、情報に偏りがないかという心配もあったが、このサイトはキュレーターや批評家など、その分野の専門家に記事の執筆を依頼し、複数の視点から書かれたもののため信頼に足るものだった。

 東川賞海外作家賞の対象は国を定めているだけで、ジャンルや年齢などは特に規定がないので、リサーチの時点では、30歳代から70歳代くらいまでの若手から大御所、ドキュメンタリーからファインアートまでと幅広く見渡すことにしている。今回調べていくなかで気になったのは、30代、40代の若手・中堅と70代前後の大御所に勢いのある作家が多いが、その間の世代に際立った活動をしている写真家が、期待ほどは見当たらなかったことだ。(昨年のコロンビアの調査のときにも似たようなことを感じた。)大御所世代は、第二次大戦や戦後の共産主義への移行など激動の社会を生き抜き、1960年代前後にはネオアヴァンギャルド美術を牽引してきた。若手、中堅世代は1989年からの民主、資本主義への転換や2004年のEUへの加盟など、変化の時代の強風に曝されてきた。一方で、その間の世代はというと、1980年代にはじまった大型カメラを用いて風景の精密な描写を試みた「エレメンタリー写真elementary photography」と呼ばれる一派にもあるように、両方の世代に比べれば安定した(というか囲われた?)共産主義体制のもとに青春時代を過ごし、より内向きな、あるいは原理主義的な傾向のある作品を作る方向にむかうことが多かったのだろうか。より先鋭的な作家たちは、写真にこだわらない映像や立体などの表現も取り入れたマルチメディアな表現に向かったようにも思われる。

 もう一つ印象的だったのが、今回の調査のなかでイェジィ・レフチンスキJerzyLewczyński,1924-2014)の名前が繰り返し聞かれたことだった。レフチンスキは、誰が写した写真であっても、自由に創造的に利用することによって、写真を通して過去の出来事を再発見することを推奨した「写真の考古学 archeology of photography」を唱えた写真家/理論家で、1999年にはポーランドで最初の写真選集『Anthology of Polish Photography 1839-1989』を出版している。現在は、写真考古学財団(Archaelogy of Photography Foundation)が、Zbigniew Dlubak19212005)やZofia Chomętowska19021991)などのアーカイブなどとともに、レフチンスキのアーカイブを保管、運用している。この財団はアーカイブを保管するだけでなく、現代の写真家たちに積極的に活用させるプログラムや展覧会を企画し、過去の写真を倉庫に眠らせておくのではなく、リビングアーカイブとして創造的な利用を推し進めている。彼の考えが現在においても写真関係者に大きな影響を及ぼしているのは、彼の写真家/批評家としての評価もあるだろうが、この財団の活動も大きな役割を果たしているように思われた。

 また、資本主義経済への移行、EUへの加盟など経て、ある程度の安定期を迎えたこの時期において、ポーランドという国、地域、社会の歴史自体が、アーティストに対し、過去の見直し、問い直しを今までにも増して要請しているようにも思われた。このことについては、いつか稿を改めて考えてみたい。



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ワルシャワについた翌日は、与党「法と正義」が提出した人工妊娠中絶をほぼ全面的に禁止する法案に反対する、大規模抗議デモが行われていた日だった。黒い服に身を包み、プラカードを持ち、時には違法な堕胎の象徴であるハンガーを手にした人たちが与党本部前に集まっていた。

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ワルシャワ旧市街。13世紀に建設されるが、第二次世界大戦で廃墟と化した。18世紀に描かれた写生画などをもとに、レンガなども再利用し、隅々まで入念に再建されて今にいたる。

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かつてユダヤ人地区街であったムラヌフ地区に建設されたポーランドユダヤ人歴史博物館(POLIN)。ポーランドでは1264年にユダヤ人の権利と安全を保障した「カリシュの法令」が発布されるなど、東欧のなかでも最も多くのユダヤ人が暮らし、共存していた。


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by curatory | 2017-06-30 09:16 | 海外作家賞