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カテゴリ:海外作家賞( 20 )


2017年 06月 30日

ポーランドの現代写真(4)Polish photographers

このブログで取り上げたポーランドの写真家

イェジィ・レフチンスキJerzy Lewczyński,1924-2014
ナタリアLL Natalia LL, 1937-
ユゼフ・ロバコフスキ
Jozef Robakowski, 1939-
グジェゴシュ・コヴァルスキGrzegorz Kowalski, 1942-
ゾフィア・クリク
Zofia Kulik, 1947-
テレサ・ギエルジンスカ
Teresa Gierzyńska, 1947-
ヴォイチェフ・プラジュモフスキ
Wojciech Prażmowski, 1949-
アンナ・ベアタ・ボフジェーヴィチAnna Beata Bohdziewicz, 1950-
ヴィトルド・クラソウスキ
Witold Krassowski, 1956-
ズビグネフ・リベラ
Zbigniew Libera, 1959-
ヴォイチェフ・ヴィルチク
Wojciech Wilczyk, 1961-
アグニエシュカ・レイズAgnieszka Rayss, 1970-
イゴール・オムレツキ
Igor Omulecki, 1973-
アネタ・グシェコフスカAneta Grzeszykowska, 1974- 
シモン・ロジンスキ
Szymon Rogiński, 1975-
ラファウ・ミラフ
Rafał Milach, 1978-
クシシュトフ・ピヤルスキ
Krzysztof Pijarski, 1980-
アンナ・オルオーヴスカ
Anna Orlowska, 1986-

他にも下記のような写真家/アーティストの作品を見る機会があった。

ミコワイ・ドゥゴス
Mikołaj Długosz, 1975
アダム・パンチュク
Adam Pańczuk, 1978-
トマシュ・シェルシェン
Tomasz Szerszeń, 1981-
イロナ・シュワルツ
Ilona Szwarc, 1984-

今回は取り上げなかったが、ミコワイ・ドゥゴスが出版した、共産主義時代に写真家組合から派遣された写真家たちが地方を撮影した記録写真を集めた写真集『latem w mieście / summer in the city』(2016)、批評家/アーティストのPaweł Szypulskiが、アウシュビッツから出された観光絵葉書を集めて出版した『Greetings from Auschwits』(2015)が、とても面白い試みだった。


下記のリンクも参考になる。

Adam Mickiewicz Institute 

A Foreigner’s Guide to Polish Photography 

Polish Photography - Trends & Developments in the 20th Century

ザヘンタ国立美術館

ワルシャワ国立美術館 

ウッジ美術館 

クラクフ現代美術館 

Asymetry Gallery

Magnetic Fields Gallery

Lokal 30gallery

FundacjaProfile Gallery

FundacjaArcheologia Fotografii

Piktogram

LEICA 6x7 GALLERY WARSZAWA 

KrakowPhotomonth 



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by curatory | 2017-06-30 10:05 | 海外作家賞
2017年 06月 30日

ポーランドの現代写真(3)Polish Photographers

ズビグネフ・リベラZbigniew Libera, 1959-

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LEGO Concentration Camp」(2001)ワルシャワ国立美術館での展示より
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Pozytywy (Positives, 2002-2003) 写真集『Fotografie』より

熊本現代美術館にも作品が収蔵されており、日本でもそれなりの知名度があるだろう。1980年代初期から活動をはじめるが、反政府的な出版やポスター制作のため投獄され、1990年代からはポーランドにおける「クリティカル・アート」の最前線で活躍する。玩具のレゴで強制収容所を制作した作品「LEGO Concentration Camp」(1996で物議を醸すなど、挑発的な作品を作り続けている。

近年はメディアやマスカルチャーにおけるイメージの重要性を分析するような、写真を中心に据えた作品を発表している。「Pozytywy (Positives, 2002-2003)では、世界的にも有名な、ナチスの強制収容所に捉えられた柵越しの囚人の写真や、ベトナム戦争時に泣き叫びながら裸で逃げる少女の写真などをもとに新たに写真を撮りおろし、トラウマとその表象の関係性について考えさせる。2012年には、戒厳令の街の通り、刑務所、架空の新聞のページなど、これまでの写真作品をまとめた最初の写真集『Fotografie』(Raster, 2012)を出版した。



ヴォイチェフ・ヴィルチクWojciech Wilczyk, 1961-

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Small Ghetto, View from Grzybowska Street towards the south-east, 18 March 2011
『Other City』より

 詩人としても活躍しているヴィルチクは、過去の痕跡を可視化し、想像することを促す作品を制作している。「Other City」は、歴史家であるElzbueta Janikckaと共同で行ったプロジェクトで、2013年にワルシャワのザヘンタ国立美術館で展覧会が開催され大きな注目を浴びた。現在のワルシャワの中心地には、かつてナチスによって作られた最大規模のユダヤ人ゲットー(ワルシャワゲットー、1940-43)があった。そこから多数のユダヤ人が絶滅収容所に送られるなか、初めての武装蜂起が行われるも壊滅的に破壊される。その跡地には第二次大戦後にスターリンからの贈り物として文化科学宮殿が1955年に完成し、現在でもワルシャワの一等地にあるランドマークタワーとして威風堂々と聳えたっている。ヴィルチクは文化科学宮殿を含め、過去にゲットーがあった地区を高い建物上から大型カメラで俯瞰的に細部まで綿密に記録することで、今は存在しない「別の都市」を指し示す。すべてを覆い隠すかのように建設されたその後の社会主義時代、それに続く資本主義時代の諸相を、精緻に写された写真のなかに探り、想像することを促している。

他にも、現在では廃墟になったり、別の用途(映画館やコミュニティセンターなど)に使われている、かつてのシナゴーグや祈祷所を撮影した、ポーランドに遺されたホロコーストの痕跡を辿るシリーズ「There is no such thing as an Innocent Eye」など。過去に起こったとりわけ負の記憶が、いかに隠ぺいされつつも露わになっているかを可視化する試みを続けている。



アグニエシュカ・レイズAgnieszka Rayss, 1970-

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上)写真集『THIS IS WHERE THE END OF CITIES BEGINS』(Sputnik Photos, 2016)

下)写真集 『American Dream』(Institute Pro Fotografia, 2011)


ドキュメンタリー写真を主としたアーティストコレクティブである「スプートニク」の共同創設者。ポストコミュニズムの国がどのように西欧のトレンドをコピーし、ポップカルチャーが生み出されるかについてや、ジェンダーなどをテーマとする。「American Dream」(2005-2010)は、レイズが学生時代を過ごした共産主義時代には考えられもしなかった、ミスコンテストや有名になりたい願望を実現しようとする女性の姿を、批判的にというよりは、自らの姿を重ねあわせるような共感をもってドキュメントしたもの。近年ではエコロジーをテーマにランドスケープの撮影も行っている。



イゴール・オムレツキIgor Omulecki, 1973-

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Universe」シリーズより

ポーランドで暮らす身近な人たちを撮ったスナップ的な写真シリーズ「Beautiful People(1999 2003)などもあるが、近年では音を視覚的に表現したものや、顕微鏡で拡大した世界をとらえた写真など、実験的な試みを繰り返してる。特に「BIOS」プロジェクトでは、コンピューターに接続された生物機械として自身を観察したリアリズムの新しい形態を模索している。



アネタ・グシェコフスカAneta Grzeszykowska, 1974- 

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写真集『Love Book』(Raster, 2011)より

自己の消去や、自己と他者の境界を探るような作品を制作。家族アルバムの写真から自分の姿だけを消去した「ALBUM(2006)、顔に色を塗り、ネガプリントでも自分だけが白く浮かび上がるような差異化をほどこした「Negative Book」、自分の顔や身体のパーツを豚の皮を使ってレプリカを作り撮影した「Selfie」、シンディ・シャーマンの「Untitled Film Stills」をカラーでリメイクしたシリーズなど、時間をかけた丁寧な手作業を通じて、非常に完成度の高い作品を制作している。他にも、幼かった頃の記憶をもとにして手縫いで作った「人形」シリーズなど、自身の存在の境界やミメーシスの問題を、写真というメディアだけにこだわらず、イメージ全般、そして立体も用いた様々な手法によって問いかける。



シモン・ロジンスキSzymon Rogiński, 1975-

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ポーランドの地方都市を車で訪れ、夜がふけた暗がりのなかで輝く人工灯や車のヘッドライトのもとで撮影した「Poland Synthesis」(20032006)や、明け方の光の中で写した「Brightness (2004-2007)など、幻想的な光のもとに立ち現れた異次元の世界を写しだす。



ラファウ・ミラフRafał Milach, 1978-

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『The Winners』(2014)より

「スプートニク」の共同創設者。10年以上にわたり、ロシア語を話す地域、中央、東ヨーロッパにおける変化をテーマに撮影を続けている。ベラルーシで撮影された「The Winners」シリーズは、公的な権威によって「勝者」と認定された人たちを、表彰された所以の場所や物とともに撮影したもの。(ミンスクで一番素敵な階段、一番愛し合ってるカップル、一番効率的なジャガイモ農園など)。プロパガンダをそのままになぞって撮影することによって、現実とのギャップや、プロパガンダの意味などを問いかけている。



クシシュトフ・ピヤルスキKrzysztof Pijarski, 1980-
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JL-KP / Playing the Archive」(2011)より
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Lives of Unholy(200912)より

ポストモダンの社会におけるイメージと物のあり方について、モニュメント、アーカイブ、博物館、風景などを手がかりに作品を作っている写真家/批評家。写真の考古学を唱えたレフチンスキにオマージュを捧げた「JL-KP / Playing the Archive」(2011)は、レフチンスキが遺した膨大なアーカイブをアトラスのように提示することで、独自の相互関連を見出し、創造的な再発見をしようとする意欲的な試み。「Lives of Unholy(200912)は、時に非常に暴力的な形で塗り替えられていったワルシャワの歴史を、モニュメントやパブリック彫刻を通じて見ようとするビジュアル・アルケオロジー。「Sculpture of the Negative」(2015)は東プロイセン時代に繁栄したものの、第二次大戦中に存続をやめたローズ家の破壊された彫刻コレクションの断片と、同地域で戦前に撮影をしていたポーランドを代表する写真家故Zofia Chometowskの写真アーカイブ(WW2で破壊されたワルシャワを撮影した写真など)を並列させることから現代的意味を読み解こうとするもの。

レフチンスキが唱えた創造的な写真の使用法の可能性を、批評だけでなく、他ジャンルの作家とのコラボレーションや制作の実践を通して探ろうとしている。





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by curatory | 2017-06-30 09:45 | 海外作家賞
2017年 06月 30日

ポーランドの現代写真(2)Polish photographers

以下、ポーランドの写真家たちの簡単な紹介をしておく。


ナタリアLL Natalia LL, 1937-

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Consumer Art」ほか。ワルシャワ国立美術館の展示より

写真を主に用いたアーティストで、まず名前が挙がってくるのは、ナタリアLLとユゼフ・ロバコフスキだろう。両者ともポーランドを代表するアーティストで、80歳近くになる現在でも展覧会などの開催で精力的に活動している。

写真を中心に、パフォーマンスやビデオアートも制作。1970年にはPERMAFOギャラリーを共同で創設し、前衛アートの最前線としての役割を果たした。1970年代に制作した、バナナ(当時のポーランドでは高級品+性的隠喩)や、フランクフルト、アイスクリームを食べる女性(ナタリア本人と思われていることが多いようだが別人)を写した「Consumer Art」が代表作で、1975年頃よりフェミニストアートの文脈で国際的にも活躍する。80年前後から自身の身体的な不調もあってか、幻想的な「Dreaming」シリーズや、自らの身体を用いたパフォーマンス的な要素の強いシリーズなどを制作してきた。身体と精神の関係を、ガスマスクをかぶったり、悪夢ともいえるような非常に強いインパクトのあるイメージのなかで、意識や自然の様々な在り様をとらえようとしている。


ユゼフ・ロバコフスキJozef Robakowski, 1939-

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4 fields of depth, 1969 (Analytic-conceptual photography シリーズより)


ポーランド第二の都市ウッチを拠点に活動。実験的なビデオアートの第一人者とされ、1960年代はじめから実験的なフィルムの制作、70年代にはビデオアートも手掛けているが、最初のスタートは写真制作(1958-1967)からだった。60年代には「OKO」「Zero61」などのアーティストコレクティブを創設。ネオ・アヴァンギャルドの作家として、当時の共産主義体制下において厳しい検閲の問題に対抗するため、徹底してプライベートなテーマや日常性を取り上げながらラディカルかつユーモラスな作品を発表し続ける。ネオ・アヴァンギャルドアーティストたちの作品のコレクションや展覧会なども企画するなど、幅広い活動をしている。2016年にはロバコフスキの写真作品に焦点を絞ったカタログも出版された。


 グジェゴシュ・コヴァルスキGrzegorz Kowalski, 1942-

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左)フォトグラフィック・オブジェクトシリーズより 右)『Questions』(2014)より

自他の境を問うものとしてアートを用い、写真というよりは彫刻、パフォーマンスアート、インスタレーションを主とする作家といえるだろう。写真に関連したものとしては、1970年代に制作した、人の痕跡、記憶をとらえた「フォトグラフィック・オブジェクト」シリーズや、被写体に三つの質問を投げかけ、それに対する答えを写真に捉えた「PYTANIA/Questions (質問)」がある。建築家のオスカー・ハンセンの「OPEN FORM」の理論に共感し、批評家、教育者としても数多くの学生、アーティストを育ててきた。


 ゾフィア・クリクZofia Kulik, 1947-

1978-1987年はパートナーのPrzemyslaw Kwiekとともに、Kwiekulikというアーティストユニットを組んでいた。自らの居住スペースをギャラリーやワークショップの場として開放し、そこで起こった出来事の写真も含めたドキュメンテーションを作成。現在もそのアーカイブをいかにして整理し、創造的に用いるかということに心を砕いているという。1987年からはゾフィア・クリクとして単身で作品制作をはじめ、反復的なモチーフとしての裸体(アーティストのズビグネフ・リベラを被写体としている)をコラージュした曼荼羅のような作品を制作。形式的で非人間的な共産主義政権への批判ともとれるが、中世の絵画や、幾何学模様の美しいオーナメントのようにも見える作品の射程の幅は広い。


テレサ・ギエルジンスカTeresa Gierzyńska, 1947-

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ギャラリーで実際に見せて(触らせて)もらった「Touch」シリーズ。身体の断片が写真とともに提示される。

1967年頃から撮りためているセルフポートレイト、スナップ写真をもとに作られた「about her」シリーズなどがある。ほとんど交差することのない視線、身体の一部、裸の背中に記された夫の名前など、アーティストとして、そして著名な画家を夫にもつ妻、母として複雑に絡み合った存在である自身を「her」という視点から見返すことで、見られる存在としての自身を突き放しながらも、どこか愛おしんでいる感覚が伝わってくる。身体の一部を触覚的にとりあげた彫刻と、部分を切り取られた写真を並べたシリーズ「Touch」(1978)も、親密さのなかに浮かび上がる触覚性が際立っている作品だ。


ヴォイチェフ・プラジュモフスキWojciech Prażmowski, 1949- 

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『Fotografie 1987-1997』より

1990年代後半より作り始めた、家族写真やファウンドオブジェ、ネガ、モンタージュなどの手法を用いた「フォトオブジェ」シリーズが代表作。レフチンスキの「写真の考古学」との関連で語られることもあり、古い写真を用いて新しい物語を生み出そうとしている。フォトオブジェのシリーズだけでなく、1999-2000年にはポーランドの各地で失われつつある風景を撮影したモノクロ写真のシリーズや、ポーランドの代表的詩人チェスワフ・ミウォシュの足跡をリトアニアとポーランドに辿った想像上の旅を撮りおさめたシリーズなども発表している。ややもするとノスタルジックな美しさが前面にでた印象も受けるが、写真を用いて独特の詩的な世界を構築している。


アンナ・ベアタ・ボフジェーヴィチAnna Beata Bohdziewicz, 1950-

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『1981 Life Anew. Photodiary or a song on the end of the world』(2014)より。
左の写真のテレビ画面には「連帯」を結成した当時のレフ・ワレサが写り、
それを取材しているボフジェーヴィチの姿も真後ろにある。

もともとは考古学と民族学を学んだのちに映画を撮り始め、1980年代より意識的に写真の撮影をはじめるようになった。日常の個人的な記録としての写真とあわせ、1989年以降は政治的、社会的にも激動するポーランドをジャーナリスティックな視点からも撮影し、両方の写真を混ぜ合わせた「フォトダイアリー」シリーズを続けている。現在までに数千枚の写真が撮られたものを、展覧会などの発表の機会に応じて編集し直し、単文のテクストを写真に添えて提示する。過去には普通に行われていた発表物に対する検閲によって、展示を却下された作品も多数あったようだ。日常と政治が地続きでつながっていることを、時にシニカルに、時にウィットにとんだ手つきで示している。


ヴィトルド・クラソウスキWitold Krassowski, 1956-

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Afterimages the Polish(2009)より

社会ドキュメントやルポルタージュを撮り続けている写真家。写真集「Afterimages the Polish(2009)は、1989年から1997年までの写真を集めたもので、社会主義が崩壊してからのポーランドで生活する人々の様子が撮影され、高く評価されている。





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by curatory | 2017-06-30 09:33 | 海外作家賞
2017年 06月 30日

ポーランドの現代写真(1) Polish photographers

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右手に霞む茶色の建物がスターリンから贈られたワルシャワのランドマークタワー、文化科学宮殿

 今年の東川賞海外作家賞(対象国:ポーランド)はアンナ・オルオーヴスカAnnaOrlowska, 1986-)に決まった。

 昨年10月にワルシャワに調査に行き、実際に会ったり資料を集めたりした作家と、他のノミネーターから挙がった分も含め、最終的には20人近くのノミネートリストができあがったが、オルオーヴスカはそのなかでも最年少で、おそらくこれまでの海外作家賞を受賞した作家のなかでも最年少だろう。

 リストに挙がった並居るメンバーをおいてオルオーヴスカが受賞に至ったのは、見えないものを巡るテーマを反復的に追求しながらも、既成の形式にこだわらず、新たな表現を探りだしていこうとする旺盛な表現欲と、それを形にしたときの完成度の高さにあったように思う。ワルシャワでアトリエにも訪れたが、写真を平面として扱うだけでなく、実際に形を切りだした立体の迷路の作品や、写真の表面にワックスを施して、温度が上がるとワックスが溶けて下の画像が現れる作品など、大学での修了制作が評価されてから数年間のうちに、実験的な作品を次々と生み出している意欲には驚かされた。今まさに油ののっている時期なのだろう。

 ポーランドの写真家は日本ではまだあまり馴染みがないだろうが、2006年には松涛美術館で「ポーランド国立ウッチ美術館所蔵「ポーランド写真の100年」展が開催されている。この展覧会ではウッチ美術館の所蔵品からアーティスト70人弱、200点余りの作品を選んで展示したもので、そのタイトル通りポーランド写真の100年を、第二次大戦前の1945年以前、社会主義時代の19401990年代、民主化が進んだ1990年代以降、フィルム・ビデオによる表現の4章に分けて概観している。企画担当は東川賞の審査員も務める光田由里さん。前年には、加須屋明子さん企画で展覧会「転換期の作法 ポーランド、チェコ、スロヴァキア、ハンガリーの現代美術」が国立国際美術館(東京都現代美術館にも巡回)で開かれ、ポーランドからはアルトゥール・ジミェフスキ、グループ「アゾロ」の映像作品や、ミロスワフ・バウカ、パヴェウ・アルトハメルの作品が紹介された。その後、同じく加須屋さんの企画で「存在へのアプローチ—暗闇、無限、日常ポーランド現代美術展」(京都市立芸術大学ギャラリー・アクア、2013年)が開催されるなど、ポーランドのアーティストは、中東欧の他の諸国に比べても日本では継続的な紹介がなされていると言ってもよいだろう。

 とはいえ、写真家の紹介は「ポーランド写真の100年」展以来あまりない。ジミェフスキもそうだが、映像を用いるアーティストで、写真も制作するといった作家は多いが、「写真」を主に発表している作家となると、発表される媒体も限られてくることが多い。今回は、ポーランド文化の海外発信を主に活動している政府機関のアダム・ミエキビッチ財団AMI)が写真家、ギャラリー、批評家などの紹介をしてくれた他、滞在中もスタディプログラムを組んでくれたため、効率的にリサーチを進めることができた。ポーランドの写真家について英語で参照できるウェブサイトもこのAMIのものが一番充実している、というかほぼ唯一のもので、情報に偏りがないかという心配もあったが、このサイトはキュレーターや批評家など、その分野の専門家に記事の執筆を依頼し、複数の視点から書かれたもののため信頼に足るものだった。

 東川賞海外作家賞の対象は国を定めているだけで、ジャンルや年齢などは特に規定がないので、リサーチの時点では、30歳代から70歳代くらいまでの若手から大御所、ドキュメンタリーからファインアートまでと幅広く見渡すことにしている。今回調べていくなかで気になったのは、30代、40代の若手・中堅と70代前後の大御所に勢いのある作家が多いが、その間の世代に際立った活動をしている写真家が、期待ほどは見当たらなかったことだ。(昨年のコロンビアの調査のときにも似たようなことを感じた。)大御所世代は、第二次大戦や戦後の共産主義への移行など激動の社会を生き抜き、1960年代前後にはネオアヴァンギャルド美術を牽引してきた。若手、中堅世代は1989年からの民主、資本主義への転換や2004年のEUへの加盟など、変化の時代の強風に曝されてきた。一方で、その間の世代はというと、1980年代にはじまった大型カメラを用いて風景の精密な描写を試みた「エレメンタリー写真elementary photography」と呼ばれる一派にもあるように、両方の世代に比べれば安定した(というか囲われた?)共産主義体制のもとに青春時代を過ごし、より内向きな、あるいは原理主義的な傾向のある作品を作る方向にむかうことが多かったのだろうか。より先鋭的な作家たちは、写真にこだわらない映像や立体などの表現も取り入れたマルチメディアな表現に向かったようにも思われる。

 もう一つ印象的だったのが、今回の調査のなかでイェジィ・レフチンスキJerzyLewczyński,1924-2014)の名前が繰り返し聞かれたことだった。レフチンスキは、誰が写した写真であっても、自由に創造的に利用することによって、写真を通して過去の出来事を再発見することを推奨した「写真の考古学 archeology of photography」を唱えた写真家/理論家で、1999年にはポーランドで最初の写真選集『Anthology of Polish Photography 1839-1989』を出版している。現在は、写真考古学財団(Archaelogy of Photography Foundation)が、Zbigniew Dlubak19212005)やZofia Chomętowska19021991)などのアーカイブなどとともに、レフチンスキのアーカイブを保管、運用している。この財団はアーカイブを保管するだけでなく、現代の写真家たちに積極的に活用させるプログラムや展覧会を企画し、過去の写真を倉庫に眠らせておくのではなく、リビングアーカイブとして創造的な利用を推し進めている。彼の考えが現在においても写真関係者に大きな影響を及ぼしているのは、彼の写真家/批評家としての評価もあるだろうが、この財団の活動も大きな役割を果たしているように思われた。

 また、資本主義経済への移行、EUへの加盟など経て、ある程度の安定期を迎えたこの時期において、ポーランドという国、地域、社会の歴史自体が、アーティストに対し、過去の見直し、問い直しを今までにも増して要請しているようにも思われた。このことについては、いつか稿を改めて考えてみたい。



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ワルシャワについた翌日は、与党「法と正義」が提出した人工妊娠中絶をほぼ全面的に禁止する法案に反対する、大規模抗議デモが行われていた日だった。黒い服に身を包み、プラカードを持ち、時には違法な堕胎の象徴であるハンガーを手にした人たちが与党本部前に集まっていた。

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ワルシャワ旧市街。13世紀に建設されるが、第二次世界大戦で廃墟と化した。18世紀に描かれた写生画などをもとに、レンガなども再利用し、隅々まで入念に再建されて今にいたる。

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かつてユダヤ人地区街であったムラヌフ地区に建設されたポーランドユダヤ人歴史博物館(POLIN)。ポーランドでは1264年にユダヤ人の権利と安全を保障した「カリシュの法令」が発布されるなど、東欧のなかでも最も多くのユダヤ人が暮らし、共存していた。


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by curatory | 2017-06-30 09:16 | 海外作家賞
2016年 06月 03日

コロンビアの写真6 Contemporary Photography in Colombia       参考リンク

ブログで取り上げた写真家:

Erika Diettes
Jorge Panchoaga
Karen Paulina Biswell
Guadalupe Ruíz
Mateo Garcia Gomez
Juan Orrantia 
Camilo Echavarría
Mateo Pérez
Oscar Muñoz
Miguel Ángel Rojas
Victor Robledo 
Santiago Harker 

その他の写真家/アーティスト:

Juan Manuel Echavarría
Adriana Duque
Jesús Abad Colorado
Ivan Herrera
Juan Fernando Herrán
Ana Adarve
Fernando Cano
Andres Sierra
Libia Posada ”Signos Cardinales"
Clemencia Echeverri


ウエブサイト:

Fototazo 
コロンビア、メデジン在住のアメリカ人写真家、エデュケーターのトム・グリッグスが立ち上げたノンプロフィット団体。HPの運営だけでなく、コロンビアの若手写真家たちに世界に開かれた機会を提供すべく、機材購入のための奨学金を提供したり、アメリカでの個展開催などのプログラムを組んでいる。ラテンアメリカの写真家の紹介やインタビュー、批評などを英語にて発信している。

Little Brown Mushroom(LBM) - What is happening in contempory Colombian photography?
アメリカ人写真家のアレック・ソスがミネソタで運営しているアート・インスティテューションのHP。トム・グリッグスと協力して、コロンビアの現代写真に何が起こっているかについての情報を共有しようとしたサイト。
ソスはコロンビアのボゴタ出身の養女を迎えた縁から、娘が生まれた町を記録に残しておこうと、2003年に、ボゴタの町や風景、人々を集中的に撮影している。

BIENAL INTERNACIONAL
FOTOGRÁFICA BOGOTÁ - FOTOMUSEO
 
コロンビアの首都ボゴタで隔年に開催される写真フェスティバル。

Fotomeraki
コロンビアの若手写真家による写真プロジェクトを紹介するウエブサイト。

La Media Vida
どちらかといえばドキュメンタリー系のコロンビアの写真家の作品を紹介するウエブサイト。

Fotología
2002年にボゴタで始まった写真祭。確か2005年に日本の写真特集をするというので、ディレクターの方が日本にリサーチに訪れていたときに、偶然ツァイトフォトで出会った覚えがあるが、現在は休止している模様。


展覧会:

Fourth World: Contemporary Photography in Colombia
2015年にSan Francisco Cameraworkで開催されたコロンビアの現代写真を紹介する展覧会。Jaime Ávila、Zoraida Díaz、Luz Elena Castro、Andres Felipe Orjuelaらが紹介されている。


書籍:

La Silueta
アーティストブックなどをたくさん出しているボゴタの出版社

『AMERICA LATINA, 1960–2013』2013年
2013年から14年にかけて、メキシコのMuseo Amparoと、パリのカルティエ現代美術館で開催された、1960年代から今日にいたるまでのラテンアメリカの70人の写真家を紹介した展覧会カタログ。写真とテクストの関係に焦点を当てている。

『Mapas Abiertos Fotografia Latinoamericana 1991-2002』2003年
スペインのキュレーターAlejandro Castelloteによって企画された展覧会のカタログ。展覧会はヨーロッパとラテンアメリカで同時に開催された。アイデンティティ、ランドスケープ、歴史に対する批判的視点などがテーマとなった。

『Image and Memory: Photography from Latin America, 1865-1992』
ヒューストンで毎年開催されるているFotofest で、1992年にラテンアメリカの写真がフォーカスされたときに出版された写真集。1000点以上の写真が紹介されている。

『Romper los Márgenes: Encuentro de Fotografia Latino Americano』
1993年にヴェネズエラで開催された展覧会(curated by José Antonio Navarrete)のカタログ。


論文:

Mediating Suffering: Photography and the Colombian War written by Ruben Yepes
内戦とそれによるトラウマのなか、コロンビアの写真家、アーティストがどんな作品を創り上げているかを分析した論文。Jesús Abad Colorado、Libia Posada、Miguel Ángel Rojas、Oscar Muñozなどが取り上げられている。















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by curatory | 2016-06-03 23:05 | 海外作家賞
2016年 06月 03日

コロンビアの写真5 Contemporary photography in Colombia       困難な歴史を抱えて

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 Oscar Muñoz 「Narcisos」シリーズより

Oscar Muñoz (1951-)
 ここまでコロンビアの若手から中堅のアーティストを取り上げてきたが、次に1950年代前後に生まれたベテランの世代を紹介したい。この世代は「写真家」といえばジャーナリズムで発表するような写真家が主だったため、それ以外は写真も用いるアーティストというような位置づけが多いようだ。そのなかでも、写真に大きな比重を置いているのが、今回の海外作家賞を受賞したオスカー・ムニョスだ。ムニョスは1970年代より、写真を用いたハイパーリアルなドローイング作品の制作をはじめている。写真のみならず、フィルム、彫刻、インスタレーションなどによる制作を行っているが、現実との関係性や意味生成のあり方から、ムニョスにとって写真は中心的な位置を占めているという。世界各地を巡回した「Protographs」展も、「原-写真」という観点からこれまでの作品をまとめている。水のなかに消えていく顔、息をふきかけた間だけ像が浮かび上がる写真、描けども描けども消えていく水で描いたデッサンなど。生のはかなさや、記憶と忘却についてを想起させる作品だ。詳しくは東川賞受賞作家紹介のページを参照のこと。

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 展覧会「Protographies」(Jeu de paume、パリ、2014年)のカタログ表紙


Miguel Ángel Rojas (1946-)
 ミゲル・アンゲル・ロハスは自らのゲイとしてのマージナルで主観的な経験や、アイデンティティ、政治といった事柄を、コンセプチュアル、マルチメディアの手法によって作品化している。1973年に制作された 「Fraenza」シリーズは、ボゴタにあるB級映画館でのゲイ達のあいびきの様子を隠し撮りした作品。暴力に満ちたマッチョな社会において、ゲイであるということは時にはむごたらしい死をもたらすことでもあった。ロハスはそうした影の存在に光を当てるとともに、恐怖と欲望が裏表の関係にある人間の性のようなものを、アメリカンポップやコミックの手法を引用することによって、隠喩的ともいえる形で提示する。内戦で片足を失った元兵士を、ミケランジェロのダビデ像のような形で撮影した「David」(2005年)も、美と醜、恐怖についてや、それを美術作品として購入したいと思わせる欲望についてなど、様々なことに思いを馳せさせる作品だ。

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 Miguel Ángel Rojas 「Fraenza」シリーズより
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 Miguel Ángel Rojas 「David」展示風景
 上下とも『Miguel Ángel Rojas : essential, conversations with Miguel Ángel Rojas』より転載


Victor Robledo (1949-)
 グアダルーペ・ルイスが展示を行っていたギャラリーのオーナーから、写真を用いたアーティストといえばこの人と推薦されたのがヴィクター・ロブレドだ。ボゴタのロス・アンデス大学にて建築を学んだロブレドは、1970年代から光、空気、水といったものをテーマに、抽象性の高い独自の作品を発表し続けてきた。ムニョスやロハスが写真を用いながらも、他の手法も取り入れるなどマルチメディアによる制作をしているのに対し、ロブレドは写真だけを用いている点において、(ドキュメンタリー写真家をのぞいて)コロンビアではあまり類をみない存在だと本人も語っていた。光と影が空間のなかに織りなす陰影をとらえながら、現実の表象というよりは、光がいかに時間の感覚や感情に影響を及ぼすかという、観者が光を観察する内的なプロセスを重要視した繊細な作品を制作している。ガラスを用いた非常に繊細で構築的な作品を前に、高松次郎の作品を思い起こさせもした。主に室内における実験的な写真の数々を前に、戸外での撮影は行わないのかと尋ねたところ、少し前までのボゴタにおいて、大型カメラをかついで戸外で撮影をすることなど危険すぎたという答えが返ってきたことが虚を突かれる思いだった。

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 Victor Robledo 「Constructions」シリーズより
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 Victor Robledo 「Mirages」シリーズより


Santiago Harker (1951-)
 サンティアゴ・ハーカーは、ドキュメンタリー写真を代表するとされる写真家だ。ゲリラやパラミリタリーの支配によって、普通ではなかなか行くことの難しいようなコロンビアの各地を実際に自分の足でまわって風景や人々の撮影を続けている。ニュース的な状況ではなく、光と影や、色彩による独自の美学で切り取られた写真はオーソドックスともいえるが、手堅さがうかがえる。「Colombia Sideways」シリーズでは、それまでに撮影してきた場所の多くが、1850年代にイタリア人傭兵のアグスティン・コダッツィ(Agustin Codazzi)が、地学者、自然科学者、文筆家、画家たちを引き連れて、コロンビアの地誌作成のために行ったコミッションでたどった場所と共通するところが多いことに気がつき、当時作成された絵画と対比的に写真を見せる試みを行っている。同じような服装や、状況など、主に類似の妙を示すにとどまっている写真も多いが、おそらく時間を経てみてみると、あまり写真に撮られることもなかった地域の貴重な記録になっているのではないかと思われる。近年ではコロンビア政府と南米最大の反政府ゲリラ組織FARC(コロンビア革命軍)の和平交渉のドキュメントを撮影するプロジェクトに参加するなど、精力的に活動を続けている。

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Santiago Harker  「Colombia Sideways」シリーズより



 今回は特に手探りのような状態からコロンビアの写真家を探すなか、写真家を含め、たくさんの方々に協力してもらった。東川フェスでは受賞作家一名を紹介することしか叶わないことがもどかしい。資料を準備し、貴重な時間を割いて作品について話していただいた写真家の面々に対するこちらからのフィードバックの意味もこめて、日本ではほとんど紹介される機会もなく、情報を得ることも難しい写真家を紹介させてもらった。いただいた貴重な資料も、もっと多くの人の目に触れるような機会を積極的に設けていかねば。
 東川に常設写真ライブラリーができて、フェスティバルに際して写真の町通信だけでなく、もう少しカタログ的な要素もある冊子ができればと、切に思う。























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by curatory | 2016-06-03 23:04 | 海外作家賞
2016年 06月 03日

コロンビアの写真4 Contemporary photography in Colombia       困難な歴史を抱えて

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 Juan Orrantia 「Sugarcoated Blues」シリーズより

Juan Orrantia (1975-)
 ボゴタに育ち、現在はヨハネスブルク在住のフアン・オランティアも、ミドルクラス出身の自分の体験に根差したコロンビアでの日常を写真を通して作品化した「Sugarcoated Blues」(2013-)を制作している。イエール大学でビジュアル文化人類学、ICPで写真を学んだフアンは、記憶、歴史、暴力の余波、ポストコロニアルな都市と生活における影響などをテーマにプロジェクトを続けている。コロンビアは1970年代からの三十余年にわたる麻薬カルテルを中心とした大規模な麻薬取引のなかで、麻薬にまつわる事象が社会的、文化的、経済的、政治的な身の回りの様々な出来事を支配してきたといえる。街角でふいに起こるテロ、誘拐、性的暴力など、そうしたものが平準化し、身体化するなかで青春時代を過ごしたフアンは、それらが文化や社会に及ぼした影響がどういうものだったかを、写真のもつあいまいさや親密さ、多義性を用いながら、詩的ともいえる手法で物語ろうとする。コカの一大産地であり、有名なパラミリタリーのリーダーの縄張りであった、コロンビア北部シエラ山地の小さな農村を訪れたときの写真や、たくさんの死者を出したテロを報じる新聞の切り抜き、セクシーな女性のピンナップや、日記風のものなど、単一の因果では語ることのない縒り合さった状況を、複数の章立てと手法とで提示している。イブニングニュースを飾るようなテロや、世界中でも注目される麻薬王エスコバールの存在などが、若者が映画館に行き、車に興味をもつのと同じような次元の身近なものとして日常にある―そうした状況をあらわすのに、物事を並列的に掲示することのできる写真は格好のメディアだったのだろう。個人的な経験にこだわりながらも、それをより大きな枠組みからとらえ直そうとする彼の視線はしなやかだ。

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 Juan Orrantia 「Sugarcoated Blues」シリーズより


Camilo Echavarría(1970-)
 カミーロ・エチャバリアは、「風景」にとって、それを観察する「人」はなくてはならない存在であるということから、風景における主観性や理想主義の問題を意識した作品を制作している。コロンビア的なるものというものとは少し距離を置いたところで、コロンビアの「風景」をとらえようとしている作家だ。現在進行中のプロジェクトである「Illustrated Landscapes」は、幼少期に両親に連れられてコロンビアの様々な地方を旅したときに受けた強い印象や記憶を出発点に、自身の記憶の問題だけにとどまらず、風景を前にして受け取った身体的な感覚や記憶を、写真のなかにいかに取り込めるかということをテーマとしたものだ。そのため、写真が撮影された一瞬だけに特権を与えるのではなく、事後的に人物や人為を感じるものを風景のなかに加えることによって、現実には存在しないが、その場所での経験を通じて感じられた、「理想」の風景を構築しようとする。それはカミーロにとっての理想ということだけでなく、「風景」をめぐっての崇高や美学的な理想の概念についての歴史もふまえた上でのことだろう。そして、人に観察されることによってはじめて「風景」というものが存在するようになることから、観察する「時間」性もそこには必要とされる。カミーロはあらゆる細部に目を凝らすことができるようにとプリントのクオリティに細心の注意を払うほか、写真をつなぎ合わせることによって時間を組み込んだビデオ作品を制作するなど、観察にかけられる時間のなかで深まる経験のあり方を作品においても重視している。

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Camilo Echavarría 「Illustrated Landscapes」シリーズより


Mateo Pérez (1973-)
 マテオ・ぺレスは広告や建築写真も手掛ける写真家だが、自身の作品として、コロンビアにおける社会的風景とでもいえるようなものをテーマとした作品を制作している。「Tequendama Falls」は、ボゴタ郊外にあるコロンビアで最初の入植地でもあり、観光地としても有名でありつつも、ボゴタからの排水の溜め桶として汚染された場所になり果て、自殺の名所としても有名になったテケンダマ滝に関するプロジェクトだ。「Terrarium」シリーズは、カリブ海のけがれなき楽園としてリゾート地としても注目を浴び始めたコロンビア領プロヴィデンシア島に打ち捨てられた車の残骸をとらえたもので、イメージと現実のギャップを提示するとともに、廃棄する施設も存在しない島の暮らしの一端をうかがわせるものである。
 カミーロもそうだが、マテオもアメリカで写真を学んでおり、アカデミックともいえる写真の手法を介してコロンビアにおける「風景」の問題に取り組んでいる写真家といえるだろう。

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 Mateo Pérez 「Tequendama Falls」より
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 Mateo Pérez 「Terrarium」シリーズより


























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by curatory | 2016-06-03 23:03 | 海外作家賞
2016年 06月 03日

コロンビアの写真3 Contemporary photography in Colombia       困難な歴史を抱えて

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 Karen Paulina Biswell 「nama bu」シリーズより

Karen Paulina Biswell (1983-)
 カレン・ポリーナ・ビズウェルの「nama bu」(we exist)シリーズも、コロンビアの原住民に焦点を当てたシリーズだ。カレン自身は原住民の出自ではないが、カリブ海の小さな島に生まれ、90年代初頭のコロンビアの混乱を逃れ、7歳から15歳までフランスで政治難民として生活し、その後ソルボンヌ大学で美術史を学んでいる。カレンはギリシア神話のレダに題をとったシリーズや、女性のポートレイトなど、フェミニニティを巡っての作品を作っている。
 「nama bu」は、カレンが2012年にボゴタの路上で出会った、先住民族Embera Chamisの家族を撮影したシリーズで、私のボゴタ滞在中にちょうどギャラリー(Valenzuela Klenner Galería)で展覧会を開催していた。トムによると、ボゴタの繁華街の路上で民芸品などを売っている人たちにこの部族出身者がよくいるとのことだった。展示は、コロンビア共和国の黄金時代に建てられたというドランテス・ホテルで民族衣装や独自の化粧を施した家族を撮影したポートレイトや、彼等の祖先がかつては住んでいたような深い森を写した写真、葉っぱや果物などを小道具に、被写体と一緒になって作りあげた写真などからなる三部構成になっていた。カラフルで遊び心のあるようなセッティングにも関わらず、写されている人物の表情は固いとも、無表情ともいえるもので、口に草を詰め込んで何もしゃべれない状況になったものもある。ホルヘの写真にもあったような、森のなかの棲んでいた家を追い出され、ボゴタのような都会で、根なし草のように、蔑まれながら生きていかざるをえない家族たちの哀しみと、本来あったはずの生活とのギャップとがそこに表れているように思われた。

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 Karen Paulina Biswell 「nama bu」、「Embera-Chamis」シリーズより


Guadalupe Ruíz (1978-)
 グアダルーペ・ルイスの「BOGOTA D.C.」(2011)シリーズも、住まう場所、家をテーマとした作品だ。ボゴタ市では税金の納付率によって6つの地区に分けられるのだという。グアダルーペはそれぞれの地区から一つずつ家を選び、部屋の内装、家具、家から見た外の様子、外観などを撮影した。壁に飾られた写真や絵画、ベッドルーム、インテリアなど、それぞれの家族の生活を垣間見せるとともに、スラムから高級住宅まで、ボゴタの6つの階層の家が展観されることで、ボゴタという都市のポートレイトにもなっている。面白いのは、社会的な階層による相違点が浮かび上がるだけでなく、どの家にも祭壇のスペースが設けられていたり、カラフルな壁面など、共通点も見えてくることだ。
 彼女には他にもボゴタに住む自身の家族を撮影したシリーズ「NADA ES ETERNO」がある。ラテンアメリカの風土では、家族の絆がとても大事にされている。ドラッグや危険な国というステレオタイプでは語り切れないボゴタの町を「BOGOTA D.C.」でとらえようとしたのと同じように、このシリーズでも幸せ、陽気さといったイメージではとらえきれない、自分にとっての家族のあり方を、女性と男性のギャップを引き立てたユーモラスともいえる形で浮き上がらせている。グアダルーペはボゴタ出身だが、現在はスイスで活躍している。そうした外からの視線の産物ともいえそうなのが、ニューヨークのビル、ボゴタのアパート、マヤのピラミッドなどを百科事典的に並列した近作の「KLEINE FOTOENZYCLOPEDIE」シリーズだ。ビルの写真なかに、カラフルなスナック菓子の写真なども入っていたりと、雑多な印象もするなかに、ユーモアと批評性がうかがえる。

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 Guadalupe Ruíz 「BOGOTA D.C.」より
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 Guadalupe Ruíz 「NADA ES ETERNO」より
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 Guadalupe Ruíz 「KLEINE FOTOENZYCLOPEDIE」より


Mateo Garcia Gomez(1988-)
 同じく、コロンビアにまつわる暴力とドラッグといったステレオタイプとは距離をとった視点から、コロンビアの文化や社会をとらえようとするのがマテオ・ガルシア・ゴメスだ。ボゴタはラテンアメリカでも6番目に物価の高い都市だといわれ、大半はその郊外に暮らしている。「A Place to Live」シリーズは、マテオも10数年住んでいる静かでのんびりとした郊外の町La Caleraが、都市の拡張による人口増加によって、ショッピングモールの建設計画が進むなど、大きく変貌しようとする様をアイロニカルな視点から記録したもの。現在では、どこかコミカルな日常のストリートスナップを撮った「In Colombia」(2014-)や、室内の監視カメラやアメリカ軍といったセキュリティにまつわる風景を、1920年代に撮られた祖母の写真とともに紡いだ「Security Icons」(2013-)に取り組んでいる。あくまでも日常の風景のなかに、コロンビア的なるものや、アイデンティティの問題がどう表れているかを探ろうとするマテオのプロジェクトは意欲的なものだ。

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Mateo Garcia Gomez 「A Place to Live」シリーズより






























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by curatory | 2016-06-03 23:02 | 海外作家賞
2016年 06月 03日

コロンビアの写真2 Contemporary photography in Colombia       困難な歴史を抱えて

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Erika Diettes 『Sudarios』の展示風景

 ここ数年、海外作家賞の対象国がフィンランド、ニュージーランドと続くなかで、ポスト・コロニアリズムを意識したアーティストの作品にたくさん触れてきた。コロンブスに由来する国名をもち、スペインの植民地としての時代を経てきたコロンビアでも、そうしたポスト・コロニアリズムやクレオール性をテーマとしたアーティストが多いかと思っていたが、そうした作家もいるものの、事情はかなり違っているように思われた。1980年代、90年代をピークとするコロンビアの内戦が引き起こした様々な出来事が及ぼした影響は多大だ。テロや暴力による生命の危険や死が非常に身近なものとして常に感じられていたこと、また、外からの人が危険を恐れてコロンビアにやってこないため、コロンビア内での閉鎖的なコミュニティが形成されていったこと(海外へ出ていかざるを得なかった人たちも多い)などがまずは挙げられるだろう。
 コロンビアでは近年ようやく和平合意に至りつつある政府とゲリラ軍との半世紀以上にわたる抗争と、それによって引き起こされた様々な困難が、アーティストを含め、そこに暮らすすべての人々の日常生活を幅広く支配してきた。1946年、保守党政権が誕生すると、政権による自由党に対するテロが繰り広げられ、1948年、自由党派の市民と保守党派の市民が衝突する「ボゴタ暴動」が発生。以降、1950年代末までの10数年は「ラ・ビオレンシア」(暴力)と呼ばれる暴力が蔓延する時代となり、死者は20万人にも及ぶという。その後もキューバ革命(1959年)の影響によるコロンビア革命軍(FARC)や、左翼ゲリラが地方を拠点に勢力を築き、麻薬王パブロ・エスコバルに代表されるような麻薬カルテルや、そこから資金援助を受けたゲリラ抗争も加わって、1980年代、90年代をピークに、内戦、誘拐、殺戮、爆破、地雷などがコロンビアに住む人々の日常を支配するようになった。
 こうした身近に蔓延する死や喪失について、直接的あるいは間接的にテーマにした作品を制作しているアーティストが多いのが印象的だ。2014年に第9回ヒロシマ賞を受賞したドリス・サルセドも、ボゴタ在住の現代美術家で、日常的に使われる家具などを用いて、暴力により姿を消していった犠牲者を悼む作品を制作している。
 以下、東川賞海外作家賞2016へのノミネート作家を中心に、コロンビアの写真家/アーティストを紹介していきたい。まずは若手、中堅作家から。

Erika Diettes(1978‐)
 国際的な発表の機会も多いエリカ・ディーテスは、内戦で犠牲になった被害者やその家族に焦点をあてた作品を作っている。大学で文化人類学を学んだエリカは、ホロコーストを逃れてコロンビアにやってきたユダヤ系の出自をもつパートナーの縁から、コロンビアにおけるユダヤ人コミュニティを取材し、ホロコーストの犠牲者が記したノート、ポートレイト、過去の写真などをディプティック形式で提示した作品「Silencios」(2005)を修士課程の卒作として制作した。ホロコーストについて考えるなか、コロンビアにおけるビオレンシアの歴史に向き合わざるを得なくなり、消息を絶った犠牲者の遺族とコンタクトをとり、生み出したのが「Rio Abajo / Drifting Away」(2008)シリーズだ。このシリーズでは、政治抗争によって命を奪われた人々の遺品を遺族から預かり、水のなかに浮かべて撮影している。ゲリラやパラミリタリー(準軍事組織)によって殺害された被害者は、川に流され、遺体も発見されることなく葬りさられることが多いという。透明な水のなかで、明るくゆらめく光を受けてたゆたう服は、透明性が際立つガラスを支持体に、実物よりも大きいサイズの写真に引き伸ばされている。恐怖に満ち凄惨であったに違いない末期を、清らかで安らかなものへと変転させ、死を弔おうとする意図がそこにはある。最初の展示は、遺品を提供してもらった遺族に見てもらおうと、手に取れる大きさのプリントを現地に持っていき、ろうそくの光で捧げみるような形になったようだ。次のシリーズ「Sudarios / shrouds」(2011)では、「Rio Abajo」を制作する過程で知り合った、目の前で家族が殺害され、その恐怖を人々に語るための生き証人として生かされた被害者家族を撮影している。心理カウンセラーとともに、撮影用に設えたスタジオで、生かされた家族からそのときの話を聞き、記憶のなかで出来事が再演され、過去の記憶に没入したような瞬間をとらえた写真には、目が閉じられたポートレイトが多い。「Sudarios」は死者を包む白布を意味するが、作品も薄いシルクにプリントされ、展示場所は主に教会などの場所が選ばれる。非常にコロンビア的といえる主題だが、エリカはそれをコロンビアの文脈だけで理解されるものとしてではなく、「喪失の痛み/悼み」という誰もが当事者として受け取り得るものとして、抽象性を高めることによって提示しようとしている。

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Erika Diettes 『Sudarios』 アーティストブック  薄い絹に印刷された写真が表紙になっている。
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Erika Diettes 「Rio Abajo / Drifting Away」より
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「Rio Abajo / Drifting Away」の写真を手に、ろうそくの光で見入る被害者の親族を含めた観者


Jorge Panchoaga (1984-)
ホルヘ・パンチョアガの「La Casa Grande (The Big House)」シリーズは、自身もオリジンを同じくするカウカ州の山岳地帯に住む先住民の人々の日常生活や、そのアイデンティティを形作るコミュニティ、家、家族、文化遺産に焦点を当てたものだ。カウカ州は先住民族が多く住み、植民地時代も安価な労働力として支配されていたが、その後の内戦の時代もコロンビアのなかでももっとも武力抗争が激しかった土地で、居住者の多くは強制移住を強いられてきた。この地方でもこれまでに70万人ほどが居住地を離れざるをえなかったというが、コロンビアの国内難民はシリアについで世界第二位の約604万人(2014年)で、その多くがコロンビア革命軍(FARC)と政府軍が繰り広げる内戦から逃れた住民たちなのだという。
 だが、ホルヘはそうした事情を直接的にとりあげることはしない。深い森のなかで、満天の星に見守られるなか、柔らかな光を内側から漏れ出させながらひっそりとたたずむ家。原住民たちは内戦がおこる以前から契約書にだまされてサインをし、強制的に家を追い出されるという状況に頻繁に直面してきた。自分たちの家に住み続けるということ自体が、抵抗の証でもある。カメラオブスキュラの原理を用いて撮影された部屋の内部には、内と外が分かちがたく融合した穏やかで新たな世界が再構築されている。社会の最小単位であり、安楽の場、知識や記憶が受け継がれる場、そしてサバイバルの基本としてある家は、それだけで独立しているものではなく、それを取り囲む自然、コミュニティ、宇宙の一部として存在している。ホルヘは家系図や、アイデンティティ、テリトリーについてのスケッチを作り、写真だけでなく動画や音声を用いた様々なシリーズをそこから分岐させることで、壮大な抒情詩のようなものをそこに作りあげようとしている。

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Jorge Panchoaga 『La Casa Grande』シリーズより

















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by curatory | 2016-06-03 23:01 | 海外作家賞
2016年 06月 03日

コロンビアの写真1 Contemporary photography in Colombia       困難な歴史を抱えて

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 ボゴタ市内

 コロンビアと聞いてもコロンビア・コーヒーが頭に浮かぶぐらいで、ほとんど何のイメージも結ぶことのできないような馴染みのない国だった。小説家ガルシア・マルケスの国だと知って思い浮かべるのは、マルケスの短編小説「エレンディラ」に出てくる舞う蝶、バラの芳香が漂う海。幻想的でエキゾチックな風景だ。
 コロンビアの首都ボゴタ。訪れた11月末は、暑くもなく寒くもなく、昼には少し汗ばみ、夜には少し冷え込むような、そんな内陸性の春の気候だった。南米大陸を南北に縦断する全長8000kmほどもあるアンデス山脈が国を貫いているため、コロンビアの地理、気候は変化に富んだものになっている。そのなかでもボゴタは、標高2600mほどの盆地にある高山都市。コロンビアでも快適に過ごせる町で、常春の都市と言われている。ボゴタをさらに東に行くとブラジルとペルーにつながるアマゾン川支流のジャングル地帯、西に進んで山を越え、太平洋とカリブ海の方に下って行くと、赤道が貫く灼熱の土地が広がっている。同じコロンビアといっても、急峻な山々やジャングル地帯に阻まれて、都市間の交通は飛行機がなくては困難を極める。マルケスの小説「百年の孤独」のなかで、小説の舞台となるマコンドの住人が、村ができた当初は外部からの来訪者も年に数えるほどしかなく、閉鎖的な社会を築いていたのもうなずける。
 今回、コロンビアにはロサンゼルス経由で入った。乗り継ぎのための宿泊も入れて、日本から丸二日がかりの旅。黄金郷を意味するボゴタのエルドラド空港で、アメリカ出身の写真家で、数年前からコロンビア第二の都市メデジンに暮らし、コロンビアの写真家を紹介するウェブサイトfototazoを運営しているトム・グリッグスさんと落ち合う。このウェブサイトは、コロンビアの写真家について英語で参照できる希少、かつ信頼のおけるもので、今回の調査ではかなり役にたった。コロンビアの写真家の情報はスペイン語がほとんどで、英語で探そうとしても本当にヒットするものが少ない。コロンビアが観光やビジネスの場として注目されはじめたのもここ最近のことで、日本との関係も、2001年にボゴタで矢崎総業の現地法人副社長が誘拐され、2年後に射殺体で発見されてからはら撤退する企業も多く、日本では危険な国といった情報ばかりが目立つ。数年前にボゴタで隔年に開催されている写真フェスティバル「フォトグラフィカ・ボゴタ FOTOGRÁFICA BOGOTÁ」に招待された縁から今回のコロンビア調査を勧めてくれた笠原美智子さんの、ボゴタでほとんど危険は感じなかったというお墨付きがなければ、行ってみようという気持ちにはなれなかっただろう。
 コロンビアの写真家については、トムのほか、フォトグラフィカ・ボゴタのディレクターであるヒルマ・スアレスさん、以前中国の平遥写真フェスティバルでラテンアメリカの写真家の展覧会を開催したことのあるオーストラリアのキュレーター、アレスデール・フォスターさん、アルゼンチンのフォトフェスティバル「Encuentros Abiertos-Festival de la Luz」ディレクターのエルダ・ハリントンさんらから推薦をもらい、ボゴタでの滞在中に数名の作家と会って作品を見せてもらった。

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by curatory | 2016-06-03 23:00 | 海外作家賞