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カテゴリ:海外作家賞( 16 )


2016年 06月 03日

コロンビアの写真6 Contemporary Photography in Colombia       参考リンク

ブログで取り上げた写真家:

Erika Diettes
Jorge Panchoaga
Karen Paulina Biswell
Guadalupe Ruíz
Mateo Garcia Gomez
Juan Orrantia 
Camilo Echavarría
Mateo Pérez
Oscar Muñoz
Miguel Ángel Rojas
Victor Robledo 
Santiago Harker 

その他の写真家/アーティスト:

Juan Manuel Echavarría
Adriana Duque
Jesús Abad Colorado
Ivan Herrera
Juan Fernando Herrán
Ana Adarve
Fernando Cano
Andres Sierra
Libia Posada ”Signos Cardinales"
Clemencia Echeverri


ウエブサイト:

Fototazo 
コロンビア、メデジン在住のアメリカ人写真家、エデュケーターのトム・グリッグスが立ち上げたノンプロフィット団体。HPの運営だけでなく、コロンビアの若手写真家たちに世界に開かれた機会を提供すべく、機材購入のための奨学金を提供したり、アメリカでの個展開催などのプログラムを組んでいる。ラテンアメリカの写真家の紹介やインタビュー、批評などを英語にて発信している。

Little Brown Mushroom(LBM) - What is happening in contempory Colombian photography?
アメリカ人写真家のアレック・ソスがミネソタで運営しているアート・インスティテューションのHP。トム・グリッグスと協力して、コロンビアの現代写真に何が起こっているかについての情報を共有しようとしたサイト。
ソスはコロンビアのボゴタ出身の養女を迎えた縁から、娘が生まれた町を記録に残しておこうと、2003年に、ボゴタの町や風景、人々を集中的に撮影している。

BIENAL INTERNACIONAL
FOTOGRÁFICA BOGOTÁ - FOTOMUSEO
 
コロンビアの首都ボゴタで隔年に開催される写真フェスティバル。

Fotomeraki
コロンビアの若手写真家による写真プロジェクトを紹介するウエブサイト。

La Media Vida
どちらかといえばドキュメンタリー系のコロンビアの写真家の作品を紹介するウエブサイト。

Fotología
2002年にボゴタで始まった写真祭。確か2005年に日本の写真特集をするというので、ディレクターの方が日本にリサーチに訪れていたときに、偶然ツァイトフォトで出会った覚えがあるが、現在は休止している模様。


展覧会:

Fourth World: Contemporary Photography in Colombia
2015年にSan Francisco Cameraworkで開催されたコロンビアの現代写真を紹介する展覧会。Jaime Ávila、Zoraida Díaz、Luz Elena Castro、Andres Felipe Orjuelaらが紹介されている。


書籍:

La Silueta
アーティストブックなどをたくさん出しているボゴタの出版社

『AMERICA LATINA, 1960–2013』2013年
2013年から14年にかけて、メキシコのMuseo Amparoと、パリのカルティエ現代美術館で開催された、1960年代から今日にいたるまでのラテンアメリカの70人の写真家を紹介した展覧会カタログ。写真とテクストの関係に焦点を当てている。

『Mapas Abiertos Fotografia Latinoamericana 1991-2002』2003年
スペインのキュレーターAlejandro Castelloteによって企画された展覧会のカタログ。展覧会はヨーロッパとラテンアメリカで同時に開催された。アイデンティティ、ランドスケープ、歴史に対する批判的視点などがテーマとなった。

『Image and Memory: Photography from Latin America, 1865-1992』
ヒューストンで毎年開催されるているFotofest で、1992年にラテンアメリカの写真がフォーカスされたときに出版された写真集。1000点以上の写真が紹介されている。

『Romper los Márgenes: Encuentro de Fotografia Latino Americano』
1993年にヴェネズエラで開催された展覧会(curated by José Antonio Navarrete)のカタログ。


論文:

Mediating Suffering: Photography and the Colombian War written by Ruben Yepes
内戦とそれによるトラウマのなか、コロンビアの写真家、アーティストがどんな作品を創り上げているかを分析した論文。Jesús Abad Colorado、Libia Posada、Miguel Ángel Rojas、Oscar Muñozなどが取り上げられている。















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by curatory | 2016-06-03 23:05 | 海外作家賞
2016年 06月 03日

コロンビアの写真5 Contemporary photography in Colombia       困難な歴史を抱えて

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 Oscar Muñoz 「Narcisos」シリーズより

Oscar Muñoz (1951-)
 ここまでコロンビアの若手から中堅のアーティストを取り上げてきたが、次に1950年代前後に生まれたベテランの世代を紹介したい。この世代は「写真家」といえばジャーナリズムで発表するような写真家が主だったため、それ以外は写真も用いるアーティストというような位置づけが多いようだ。そのなかでも、写真に大きな比重を置いているのが、今回の海外作家賞を受賞したオスカー・ムニョスだ。ムニョスは1970年代より、写真を用いたハイパーリアルなドローイング作品の制作をはじめている。写真のみならず、フィルム、彫刻、インスタレーションなどによる制作を行っているが、現実との関係性や意味生成のあり方から、ムニョスにとって写真は中心的な位置を占めているという。世界各地を巡回した「Protographs」展も、「原-写真」という観点からこれまでの作品をまとめている。水のなかに消えていく顔、息をふきかけた間だけ像が浮かび上がる写真、描けども描けども消えていく水で描いたデッサンなど。生のはかなさや、記憶と忘却についてを想起させる作品だ。詳しくは東川賞受賞作家紹介のページを参照のこと。

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 展覧会「Protographies」(Jeu de paume、パリ、2014年)のカタログ表紙


Miguel Ángel Rojas (1946-)
 ミゲル・アンゲル・ロハスは自らのゲイとしてのマージナルで主観的な経験や、アイデンティティ、政治といった事柄を、コンセプチュアル、マルチメディアの手法によって作品化している。1973年に制作された 「Fraenza」シリーズは、ボゴタにあるB級映画館でのゲイ達のあいびきの様子を隠し撮りした作品。暴力に満ちたマッチョな社会において、ゲイであるということは時にはむごたらしい死をもたらすことでもあった。ロハスはそうした影の存在に光を当てるとともに、恐怖と欲望が裏表の関係にある人間の性のようなものを、アメリカンポップやコミックの手法を引用することによって、隠喩的ともいえる形で提示する。内戦で片足を失った元兵士を、ミケランジェロのダビデ像のような形で撮影した「David」(2005年)も、美と醜、恐怖についてや、それを美術作品として購入したいと思わせる欲望についてなど、様々なことに思いを馳せさせる作品だ。

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 Miguel Ángel Rojas 「Fraenza」シリーズより
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 Miguel Ángel Rojas 「David」展示風景
 上下とも『Miguel Ángel Rojas : essential, conversations with Miguel Ángel Rojas』より転載


Victor Robledo (1949-)
 グアダルーペ・ルイスが展示を行っていたギャラリーのオーナーから、写真を用いたアーティストといえばこの人と推薦されたのがヴィクター・ロブレドだ。ボゴタのロス・アンデス大学にて建築を学んだロブレドは、1970年代から光、空気、水といったものをテーマに、抽象性の高い独自の作品を発表し続けてきた。ムニョスやロハスが写真を用いながらも、他の手法も取り入れるなどマルチメディアによる制作をしているのに対し、ロブレドは写真だけを用いている点において、(ドキュメンタリー写真家をのぞいて)コロンビアではあまり類をみない存在だと本人も語っていた。光と影が空間のなかに織りなす陰影をとらえながら、現実の表象というよりは、光がいかに時間の感覚や感情に影響を及ぼすかという、観者が光を観察する内的なプロセスを重要視した繊細な作品を制作している。ガラスを用いた非常に繊細で構築的な作品を前に、高松次郎の作品を思い起こさせもした。主に室内における実験的な写真の数々を前に、戸外での撮影は行わないのかと尋ねたところ、少し前までのボゴタにおいて、大型カメラをかついで戸外で撮影をすることなど危険すぎたという答えが返ってきたことが虚を突かれる思いだった。

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 Victor Robledo 「Constructions」シリーズより
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 Victor Robledo 「Mirages」シリーズより


Santiago Harker (1951-)
 サンティアゴ・ハーカーは、ドキュメンタリー写真を代表するとされる写真家だ。ゲリラやパラミリタリーの支配によって、普通ではなかなか行くことの難しいようなコロンビアの各地を実際に自分の足でまわって風景や人々の撮影を続けている。ニュース的な状況ではなく、光と影や、色彩による独自の美学で切り取られた写真はオーソドックスともいえるが、手堅さがうかがえる。「Colombia Sideways」シリーズでは、それまでに撮影してきた場所の多くが、1850年代にイタリア人傭兵のアグスティン・コダッツィ(Agustin Codazzi)が、地学者、自然科学者、文筆家、画家たちを引き連れて、コロンビアの地誌作成のために行ったコミッションでたどった場所と共通するところが多いことに気がつき、当時作成された絵画と対比的に写真を見せる試みを行っている。同じような服装や、状況など、主に類似の妙を示すにとどまっている写真も多いが、おそらく時間を経てみてみると、あまり写真に撮られることもなかった地域の貴重な記録になっているのではないかと思われる。近年ではコロンビア政府と南米最大の反政府ゲリラ組織FARC(コロンビア革命軍)の和平交渉のドキュメントを撮影するプロジェクトに参加するなど、精力的に活動を続けている。

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Santiago Harker  「Colombia Sideways」シリーズより



 今回は特に手探りのような状態からコロンビアの写真家を探すなか、写真家を含め、たくさんの方々に協力してもらった。東川フェスでは受賞作家一名を紹介することしか叶わないことがもどかしい。資料を準備し、貴重な時間を割いて作品について話していただいた写真家の面々に対するこちらからのフィードバックの意味もこめて、日本ではほとんど紹介される機会もなく、情報を得ることも難しい写真家を紹介させてもらった。いただいた貴重な資料も、もっと多くの人の目に触れるような機会を積極的に設けていかねば。
 東川に常設写真ライブラリーができて、フェスティバルに際して写真の町通信だけでなく、もう少しカタログ的な要素もある冊子ができればと、切に思う。























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by curatory | 2016-06-03 23:04 | 海外作家賞
2016年 06月 03日

コロンビアの写真4 Contemporary photography in Colombia       困難な歴史を抱えて

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 Juan Orrantia 「Sugarcoated Blues」シリーズより

Juan Orrantia (1975-)
 ボゴタに育ち、現在はヨハネスブルク在住のフアン・オランティアも、ミドルクラス出身の自分の体験に根差したコロンビアでの日常を写真を通して作品化した「Sugarcoated Blues」(2013-)を制作している。イエール大学でビジュアル文化人類学、ICPで写真を学んだフアンは、記憶、歴史、暴力の余波、ポストコロニアルな都市と生活における影響などをテーマにプロジェクトを続けている。コロンビアは1970年代からの三十余年にわたる麻薬カルテルを中心とした大規模な麻薬取引のなかで、麻薬にまつわる事象が社会的、文化的、経済的、政治的な身の回りの様々な出来事を支配してきたといえる。街角でふいに起こるテロ、誘拐、性的暴力など、そうしたものが平準化し、身体化するなかで青春時代を過ごしたフアンは、それらが文化や社会に及ぼした影響がどういうものだったかを、写真のもつあいまいさや親密さ、多義性を用いながら、詩的ともいえる手法で物語ろうとする。コカの一大産地であり、有名なパラミリタリーのリーダーの縄張りであった、コロンビア北部シエラ山地の小さな農村を訪れたときの写真や、たくさんの死者を出したテロを報じる新聞の切り抜き、セクシーな女性のピンナップや、日記風のものなど、単一の因果では語ることのない縒り合さった状況を、複数の章立てと手法とで提示している。イブニングニュースを飾るようなテロや、世界中でも注目される麻薬王エスコバールの存在などが、若者が映画館に行き、車に興味をもつのと同じような次元の身近なものとして日常にある―そうした状況をあらわすのに、物事を並列的に掲示することのできる写真は格好のメディアだったのだろう。個人的な経験にこだわりながらも、それをより大きな枠組みからとらえ直そうとする彼の視線はしなやかだ。

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 Juan Orrantia 「Sugarcoated Blues」シリーズより


Camilo Echavarría(1970-)
 カミーロ・エチャバリアは、「風景」にとって、それを観察する「人」はなくてはならない存在であるということから、風景における主観性や理想主義の問題を意識した作品を制作している。コロンビア的なるものというものとは少し距離を置いたところで、コロンビアの「風景」をとらえようとしている作家だ。現在進行中のプロジェクトである「Illustrated Landscapes」は、幼少期に両親に連れられてコロンビアの様々な地方を旅したときに受けた強い印象や記憶を出発点に、自身の記憶の問題だけにとどまらず、風景を前にして受け取った身体的な感覚や記憶を、写真のなかにいかに取り込めるかということをテーマとしたものだ。そのため、写真が撮影された一瞬だけに特権を与えるのではなく、事後的に人物や人為を感じるものを風景のなかに加えることによって、現実には存在しないが、その場所での経験を通じて感じられた、「理想」の風景を構築しようとする。それはカミーロにとっての理想ということだけでなく、「風景」をめぐっての崇高や美学的な理想の概念についての歴史もふまえた上でのことだろう。そして、人に観察されることによってはじめて「風景」というものが存在するようになることから、観察する「時間」性もそこには必要とされる。カミーロはあらゆる細部に目を凝らすことができるようにとプリントのクオリティに細心の注意を払うほか、写真をつなぎ合わせることによって時間を組み込んだビデオ作品を制作するなど、観察にかけられる時間のなかで深まる経験のあり方を作品においても重視している。

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Camilo Echavarría 「Illustrated Landscapes」シリーズより


Mateo Pérez (1973-)
 マテオ・ぺレスは広告や建築写真も手掛ける写真家だが、自身の作品として、コロンビアにおける社会的風景とでもいえるようなものをテーマとした作品を制作している。「Tequendama Falls」は、ボゴタ郊外にあるコロンビアで最初の入植地でもあり、観光地としても有名でありつつも、ボゴタからの排水の溜め桶として汚染された場所になり果て、自殺の名所としても有名になったテケンダマ滝に関するプロジェクトだ。「Terrarium」シリーズは、カリブ海のけがれなき楽園としてリゾート地としても注目を浴び始めたコロンビア領プロヴィデンシア島に打ち捨てられた車の残骸をとらえたもので、イメージと現実のギャップを提示するとともに、廃棄する施設も存在しない島の暮らしの一端をうかがわせるものである。
 カミーロもそうだが、マテオもアメリカで写真を学んでおり、アカデミックともいえる写真の手法を介してコロンビアにおける「風景」の問題に取り組んでいる写真家といえるだろう。

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 Mateo Pérez 「Tequendama Falls」より
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 Mateo Pérez 「Terrarium」シリーズより


























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by curatory | 2016-06-03 23:03 | 海外作家賞
2016年 06月 03日

コロンビアの写真3 Contemporary photography in Colombia       困難な歴史を抱えて

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 Karen Paulina Biswell 「nama bu」シリーズより

Karen Paulina Biswell (1983-)
 カレン・ポリーナ・ビズウェルの「nama bu」(we exist)シリーズも、コロンビアの原住民に焦点を当てたシリーズだ。カレン自身は原住民の出自ではないが、カリブ海の小さな島に生まれ、90年代初頭のコロンビアの混乱を逃れ、7歳から15歳までフランスで政治難民として生活し、その後ソルボンヌ大学で美術史を学んでいる。カレンはギリシア神話のレダに題をとったシリーズや、女性のポートレイトなど、フェミニニティを巡っての作品を作っている。
 「nama bu」は、カレンが2012年にボゴタの路上で出会った、先住民族Embera Chamisの家族を撮影したシリーズで、私のボゴタ滞在中にちょうどギャラリー(Valenzuela Klenner Galería)で展覧会を開催していた。トムによると、ボゴタの繁華街の路上で民芸品などを売っている人たちにこの部族出身者がよくいるとのことだった。展示は、コロンビア共和国の黄金時代に建てられたというドランテス・ホテルで民族衣装や独自の化粧を施した家族を撮影したポートレイトや、彼等の祖先がかつては住んでいたような深い森を写した写真、葉っぱや果物などを小道具に、被写体と一緒になって作りあげた写真などからなる三部構成になっていた。カラフルで遊び心のあるようなセッティングにも関わらず、写されている人物の表情は固いとも、無表情ともいえるもので、口に草を詰め込んで何もしゃべれない状況になったものもある。ホルヘの写真にもあったような、森のなかの棲んでいた家を追い出され、ボゴタのような都会で、根なし草のように、蔑まれながら生きていかざるをえない家族たちの哀しみと、本来あったはずの生活とのギャップとがそこに表れているように思われた。

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 Karen Paulina Biswell 「nama bu」、「Embera-Chamis」シリーズより


Guadalupe Ruíz (1978-)
 グアダルーペ・ルイスの「BOGOTA D.C.」(2011)シリーズも、住まう場所、家をテーマとした作品だ。ボゴタ市では税金の納付率によって6つの地区に分けられるのだという。グアダルーペはそれぞれの地区から一つずつ家を選び、部屋の内装、家具、家から見た外の様子、外観などを撮影した。壁に飾られた写真や絵画、ベッドルーム、インテリアなど、それぞれの家族の生活を垣間見せるとともに、スラムから高級住宅まで、ボゴタの6つの階層の家が展観されることで、ボゴタという都市のポートレイトにもなっている。面白いのは、社会的な階層による相違点が浮かび上がるだけでなく、どの家にも祭壇のスペースが設けられていたり、カラフルな壁面など、共通点も見えてくることだ。
 彼女には他にもボゴタに住む自身の家族を撮影したシリーズ「NADA ES ETERNO」がある。ラテンアメリカの風土では、家族の絆がとても大事にされている。ドラッグや危険な国というステレオタイプでは語り切れないボゴタの町を「BOGOTA D.C.」でとらえようとしたのと同じように、このシリーズでも幸せ、陽気さといったイメージではとらえきれない、自分にとっての家族のあり方を、女性と男性のギャップを引き立てたユーモラスともいえる形で浮き上がらせている。グアダルーペはボゴタ出身だが、現在はスイスで活躍している。そうした外からの視線の産物ともいえそうなのが、ニューヨークのビル、ボゴタのアパート、マヤのピラミッドなどを百科事典的に並列した近作の「KLEINE FOTOENZYCLOPEDIE」シリーズだ。ビルの写真なかに、カラフルなスナック菓子の写真なども入っていたりと、雑多な印象もするなかに、ユーモアと批評性がうかがえる。

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 Guadalupe Ruíz 「BOGOTA D.C.」より
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 Guadalupe Ruíz 「NADA ES ETERNO」より
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 Guadalupe Ruíz 「KLEINE FOTOENZYCLOPEDIE」より


Mateo Garcia Gomez(1988-)
 同じく、コロンビアにまつわる暴力とドラッグといったステレオタイプとは距離をとった視点から、コロンビアの文化や社会をとらえようとするのがマテオ・ガルシア・ゴメスだ。ボゴタはラテンアメリカでも6番目に物価の高い都市だといわれ、大半はその郊外に暮らしている。「A Place to Live」シリーズは、マテオも10数年住んでいる静かでのんびりとした郊外の町La Caleraが、都市の拡張による人口増加によって、ショッピングモールの建設計画が進むなど、大きく変貌しようとする様をアイロニカルな視点から記録したもの。現在では、どこかコミカルな日常のストリートスナップを撮った「In Colombia」(2014-)や、室内の監視カメラやアメリカ軍といったセキュリティにまつわる風景を、1920年代に撮られた祖母の写真とともに紡いだ「Security Icons」(2013-)に取り組んでいる。あくまでも日常の風景のなかに、コロンビア的なるものや、アイデンティティの問題がどう表れているかを探ろうとするマテオのプロジェクトは意欲的なものだ。

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Mateo Garcia Gomez 「A Place to Live」シリーズより






























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by curatory | 2016-06-03 23:02 | 海外作家賞
2016年 06月 03日

コロンビアの写真2 Contemporary photography in Colombia       困難な歴史を抱えて

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Erika Diettes 『Sudarios』の展示風景

 ここ数年、海外作家賞の対象国がフィンランド、ニュージーランドと続くなかで、ポスト・コロニアリズムを意識したアーティストの作品にたくさん触れてきた。コロンブスに由来する国名をもち、スペインの植民地としての時代を経てきたコロンビアでも、そうしたポスト・コロニアリズムやクレオール性をテーマとしたアーティストが多いかと思っていたが、そうした作家もいるものの、事情はかなり違っているように思われた。1980年代、90年代をピークとするコロンビアの内戦が引き起こした様々な出来事が及ぼした影響は多大だ。テロや暴力による生命の危険や死が非常に身近なものとして常に感じられていたこと、また、外からの人が危険を恐れてコロンビアにやってこないため、コロンビア内での閉鎖的なコミュニティが形成されていったこと(海外へ出ていかざるを得なかった人たちも多い)などがまずは挙げられるだろう。
 コロンビアでは近年ようやく和平合意に至りつつある政府とゲリラ軍との半世紀以上にわたる抗争と、それによって引き起こされた様々な困難が、アーティストを含め、そこに暮らすすべての人々の日常生活を幅広く支配してきた。1946年、保守党政権が誕生すると、政権による自由党に対するテロが繰り広げられ、1948年、自由党派の市民と保守党派の市民が衝突する「ボゴタ暴動」が発生。以降、1950年代末までの10数年は「ラ・ビオレンシア」(暴力)と呼ばれる暴力が蔓延する時代となり、死者は20万人にも及ぶという。その後もキューバ革命(1959年)の影響によるコロンビア革命軍(FARC)や、左翼ゲリラが地方を拠点に勢力を築き、麻薬王パブロ・エスコバルに代表されるような麻薬カルテルや、そこから資金援助を受けたゲリラ抗争も加わって、1980年代、90年代をピークに、内戦、誘拐、殺戮、爆破、地雷などがコロンビアに住む人々の日常を支配するようになった。
 こうした身近に蔓延する死や喪失について、直接的あるいは間接的にテーマにした作品を制作しているアーティストが多いのが印象的だ。2014年に第9回ヒロシマ賞を受賞したドリス・サルセドも、ボゴタ在住の現代美術家で、日常的に使われる家具などを用いて、暴力により姿を消していった犠牲者を悼む作品を制作している。
 以下、東川賞海外作家賞2016へのノミネート作家を中心に、コロンビアの写真家/アーティストを紹介していきたい。まずは若手、中堅作家から。

Erika Diettes(1978‐)
 国際的な発表の機会も多いエリカ・ディーテスは、内戦で犠牲になった被害者やその家族に焦点をあてた作品を作っている。大学で文化人類学を学んだエリカは、ホロコーストを逃れてコロンビアにやってきたユダヤ系の出自をもつパートナーの縁から、コロンビアにおけるユダヤ人コミュニティを取材し、ホロコーストの犠牲者が記したノート、ポートレイト、過去の写真などをディプティック形式で提示した作品「Silencios」(2005)を修士課程の卒作として制作した。ホロコーストについて考えるなか、コロンビアにおけるビオレンシアの歴史に向き合わざるを得なくなり、消息を絶った犠牲者の遺族とコンタクトをとり、生み出したのが「Rio Abajo / Drifting Away」(2008)シリーズだ。このシリーズでは、政治抗争によって命を奪われた人々の遺品を遺族から預かり、水のなかに浮かべて撮影している。ゲリラやパラミリタリー(準軍事組織)によって殺害された被害者は、川に流され、遺体も発見されることなく葬りさられることが多いという。透明な水のなかで、明るくゆらめく光を受けてたゆたう服は、透明性が際立つガラスを支持体に、実物よりも大きいサイズの写真に引き伸ばされている。恐怖に満ち凄惨であったに違いない末期を、清らかで安らかなものへと変転させ、死を弔おうとする意図がそこにはある。最初の展示は、遺品を提供してもらった遺族に見てもらおうと、手に取れる大きさのプリントを現地に持っていき、ろうそくの光で捧げみるような形になったようだ。次のシリーズ「Sudarios / shrouds」(2011)では、「Rio Abajo」を制作する過程で知り合った、目の前で家族が殺害され、その恐怖を人々に語るための生き証人として生かされた被害者家族を撮影している。心理カウンセラーとともに、撮影用に設えたスタジオで、生かされた家族からそのときの話を聞き、記憶のなかで出来事が再演され、過去の記憶に没入したような瞬間をとらえた写真には、目が閉じられたポートレイトが多い。「Sudarios」は死者を包む白布を意味するが、作品も薄いシルクにプリントされ、展示場所は主に教会などの場所が選ばれる。非常にコロンビア的といえる主題だが、エリカはそれをコロンビアの文脈だけで理解されるものとしてではなく、「喪失の痛み/悼み」という誰もが当事者として受け取り得るものとして、抽象性を高めることによって提示しようとしている。

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Erika Diettes 『Sudarios』 アーティストブック  薄い絹に印刷された写真が表紙になっている。
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Erika Diettes 「Rio Abajo / Drifting Away」より
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「Rio Abajo / Drifting Away」の写真を手に、ろうそくの光で見入る被害者の親族を含めた観者


Jorge Panchoaga (1984-)
ホルヘ・パンチョアガの「La Casa Grande (The Big House)」シリーズは、自身もオリジンを同じくするカウカ州の山岳地帯に住む先住民の人々の日常生活や、そのアイデンティティを形作るコミュニティ、家、家族、文化遺産に焦点を当てたものだ。カウカ州は先住民族が多く住み、植民地時代も安価な労働力として支配されていたが、その後の内戦の時代もコロンビアのなかでももっとも武力抗争が激しかった土地で、居住者の多くは強制移住を強いられてきた。この地方でもこれまでに70万人ほどが居住地を離れざるをえなかったというが、コロンビアの国内難民はシリアについで世界第二位の約604万人(2014年)で、その多くがコロンビア革命軍(FARC)と政府軍が繰り広げる内戦から逃れた住民たちなのだという。
 だが、ホルヘはそうした事情を直接的にとりあげることはしない。深い森のなかで、満天の星に見守られるなか、柔らかな光を内側から漏れ出させながらひっそりとたたずむ家。原住民たちは内戦がおこる以前から契約書にだまされてサインをし、強制的に家を追い出されるという状況に頻繁に直面してきた。自分たちの家に住み続けるということ自体が、抵抗の証でもある。カメラオブスキュラの原理を用いて撮影された部屋の内部には、内と外が分かちがたく融合した穏やかで新たな世界が再構築されている。社会の最小単位であり、安楽の場、知識や記憶が受け継がれる場、そしてサバイバルの基本としてある家は、それだけで独立しているものではなく、それを取り囲む自然、コミュニティ、宇宙の一部として存在している。ホルヘは家系図や、アイデンティティ、テリトリーについてのスケッチを作り、写真だけでなく動画や音声を用いた様々なシリーズをそこから分岐させることで、壮大な抒情詩のようなものをそこに作りあげようとしている。

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Jorge Panchoaga 『La Casa Grande』シリーズより

















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by curatory | 2016-06-03 23:01 | 海外作家賞
2016年 06月 03日

コロンビアの写真1 Contemporary photography in Colombia       困難な歴史を抱えて

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 ボゴタ市内

 コロンビアと聞いてもコロンビア・コーヒーが頭に浮かぶぐらいで、ほとんど何のイメージも結ぶことのできないような馴染みのない国だった。小説家ガルシア・マルケスの国だと知って思い浮かべるのは、マルケスの短編小説「エレンディラ」に出てくる舞う蝶、バラの芳香が漂う海。幻想的でエキゾチックな風景だ。
 コロンビアの首都ボゴタ。訪れた11月末は、暑くもなく寒くもなく、昼には少し汗ばみ、夜には少し冷え込むような、そんな内陸性の春の気候だった。南米大陸を南北に縦断する全長8000kmほどもあるアンデス山脈が国を貫いているため、コロンビアの地理、気候は変化に富んだものになっている。そのなかでもボゴタは、標高2600mほどの盆地にある高山都市。コロンビアでも快適に過ごせる町で、常春の都市と言われている。ボゴタをさらに東に行くとブラジルとペルーにつながるアマゾン川支流のジャングル地帯、西に進んで山を越え、太平洋とカリブ海の方に下って行くと、赤道が貫く灼熱の土地が広がっている。同じコロンビアといっても、急峻な山々やジャングル地帯に阻まれて、都市間の交通は飛行機がなくては困難を極める。マルケスの小説「百年の孤独」のなかで、小説の舞台となるマコンドの住人が、村ができた当初は外部からの来訪者も年に数えるほどしかなく、閉鎖的な社会を築いていたのもうなずける。
 今回、コロンビアにはロサンゼルス経由で入った。乗り継ぎのための宿泊も入れて、日本から丸二日がかりの旅。黄金郷を意味するボゴタのエルドラド空港で、アメリカ出身の写真家で、数年前からコロンビア第二の都市メデジンに暮らし、コロンビアの写真家を紹介するウェブサイトfototazoを運営しているトム・グリッグスさんと落ち合う。このウェブサイトは、コロンビアの写真家について英語で参照できる希少、かつ信頼のおけるもので、今回の調査ではかなり役にたった。コロンビアの写真家の情報はスペイン語がほとんどで、英語で探そうとしても本当にヒットするものが少ない。コロンビアが観光やビジネスの場として注目されはじめたのもここ最近のことで、日本との関係も、2001年にボゴタで矢崎総業の現地法人副社長が誘拐され、2年後に射殺体で発見されてからはら撤退する企業も多く、日本では危険な国といった情報ばかりが目立つ。数年前にボゴタで隔年に開催されている写真フェスティバル「フォトグラフィカ・ボゴタ FOTOGRÁFICA BOGOTÁ」に招待された縁から今回のコロンビア調査を勧めてくれた笠原美智子さんの、ボゴタでほとんど危険は感じなかったというお墨付きがなければ、行ってみようという気持ちにはなれなかっただろう。
 コロンビアの写真家については、トムのほか、フォトグラフィカ・ボゴタのディレクターであるヒルマ・スアレスさん、以前中国の平遥写真フェスティバルでラテンアメリカの写真家の展覧会を開催したことのあるオーストラリアのキュレーター、アレスデール・フォスターさん、アルゼンチンのフォトフェスティバル「Encuentros Abiertos-Festival de la Luz」ディレクターのエルダ・ハリントンさんらから推薦をもらい、ボゴタでの滞在中に数名の作家と会って作品を見せてもらった。

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by curatory | 2016-06-03 23:00 | 海外作家賞
2015年 05月 12日

ニュージーランドの写真5  ポスト・コロニアリズムの視点を抱えたゴシックの国

 ニュージーランドにおける現代写真の祖ともいわれるローレンス・アーバハート(Laurence Aberhart b.1949)は、1970年代中ごろから、100年ほど前に作られた8×10の大判カメラを使って、ニュージーランドの小さい町の建物や文化(植民地時代に関係のある場所や建物、ランドスケープ、マオリの集会所、戦争記念碑、博物館など)に、時間や都市化がどういった影響を及ぼしてきたかをドキュメントしたシリーズを制作している。彼の作品はゴシックを想起させるものではないが、ニュージーランドの歴史や風景がはらんだ表裏の意味を考えるうえで、先駆的で重要な仕事をしてきた作家として、1980年代半ばの多文化主義の議論のなかでも高い評価を得ている。
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   ローレンス・アーバハート「aberhart」(Victoria University Press、2007年)より

 建物を左右対称に正面からとらえ、内部空間にも目を向けた手法は、ウォーカー・エヴァンスを思わせる。(アーバハートには、エヴァンスが数多くの写真を写したアメリカ、ミシシッピー州のヴィックスバーグで撮影した「Vicksburg, Mississippi 1988. (Referential to Walker Evans and a joke in the decorative style)」という作品もある。)タイポロジー的な要素も強い彼の作品だが、1881年に植民地軍隊にとらえられたマオリの囚人が、監獄の窓のスリットから遠望したと思われる風景をとらえた「囚人の夢(The Prisoners’ Dream)」(1999-2000)などは、情感を誘う作品となっており、エヴァンスのいうリリック・ドキュメンタリーをある意味踏襲しているのだろう。
 「ANZAK」は1980年から2013年にかけて、オーストラリア、ニュージーランド各地に建てられている第一次世界大戦で戦死した兵士の記念碑を撮影したシリーズ。これらの記念碑は、第一次大戦の記憶として、国民の誇りや悲しみを表す公共スペースとして建造されたが、終戦から100年が経とうする現在、その多くが都市化の過程で忘れられたオブジェと化している。アーバハートは、風景のなかに紛れた歴史的存在に焦点をあてることによって、それらを社会的風景として認識してもらいたいと考える。ストイックな寡黙さを保ちつつ、被写体に語らせようとする彼の写真は、安易な解釈をはねつける強さがある。


 ニュージーランドのソーシャル・ランドスケープということを考えたときに、ウェイン・バーラー(Wayne Barrar b.1957)は外せない。19世紀にニュージーランドで撮影された初期写真や、ニュー・トポグラフィックス展(ジョージ・イーストマンハウス、1975年)などへの関心から、1980年代半ばから人間と自然の関係、「土地(Land)」がいかに支配、利用、居住されてきたかということをテーマとしたシリーズを作っている。ニュージーランド南島にある有名な塩田で、もっとも人工的に工業的な手が加えられた場所ともいえるグラスミア湖を撮影した「Saltworks: The Processed Landscape」(1987-1989)、ニュージーランドだけでなくアメリカ、オーストラリアなど、鉱物などを採掘した後の地下の空間を再利用している建築を撮影した「An Expanding Subterra」(2002-2009)、ニュージーランドに侵入してきた鯉や水藻の一種であるディディーモといった外来生物の爆発的な増殖をテーマとした「Imaging Biosecurity」(2007-2009)シリーズなど、人と自然の共生関係を問いかける、興味深い作品を制作している。
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   ウェイン・バーラー「An Expanding Subterra」(Dunedin Public Art Gallery, 2010)、「Bio Borders Animals and Plants in a Globalised Landscape」(PATAKA, 2012)


 人と自然の共生というテーマからいうと、今年の海外作家賞を受賞したアン・ノーブル(Anne Noble b.1954)の「Antarctica」シリーズ(特に写真集『The Last Road』(2014)としてまとめられたもの)も、人間が南極大陸に与えた影響に目を向けている。崇高で無垢な未開地として人々に想像されてきた南極の土地を、人がいかに開拓し、足跡を残してきたかという赤裸々な現実を、ノーブルはシニカルともいえる形で突きつける。屋外の小便用の目印に立てられた黄色いポールと、その下を黄色に染める小便の滲みをとらえた「Piss Pole」(2008)や、真っ白で無垢なはずの南極の雪上を容赦なく前進する、薄汚れてカラフルなトラクターに書きつけられた、軍隊の名残も感じさせる女性名の愛称にクローズアップした「Bitch in Slippers」(2008)、地面の土が露わになり、様々な建築資材やコンテナ、電線が立ち並ぶ南極半島北東端にあるロス島の殺風景な光景など。
 同じく南極をテーマにした写真集『Ice Blink』(2011)では、南極の観光スポットと、世界界各地の南極をテーマにした水族館やディスカバリーセンターで撮影された写真を組み合わせ、南極という言葉で我々が連想する従来の視覚イメージを探究する。見渡す限りの氷の白と青い海、ペンギンやアザラシが群れるユートピア―――南極に対する私たちの想像力はいかに貧困で脆弱なことか。しかし、もう一方では、観光客が群れる現実の南極のスポットも、水族館のジオラマと同じくらい単調な風景として写しだされる。ノーブルの写真は想像と現実のギャップをテーマにするだけではなく、想像と現実がいかに手を携えて人の欲望に応えた風景を創出するか、写真がそうしたイメージ形成にどういう役割を果たしてきたかということを問いかけている。
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   アン・ノーブル「Ice Blink](Clouds, 2011) 「The Last Road」(Clouds, 2014)より

 ニュージーランドと南極は切っても切れない関係にあり、1820年に南極大陸が発見されて以来、南極探検の補給基地として重要な役割を果たしてきた。アートの分野でも、写真家、詩人、作曲家といったアーティストが南極にて作品を制作するのを支援する南極アーツフェローという助成制度があり、ノーブルの他にも、アーバハートや、ミーガン・ジェンキンソン(Megan Jenkinson b.1958)といった数多くの写真家が、南極大陸を訪れ作品を作っている。ジェンキンソンはゲーテの色彩論をもとにした作品や、視点の移動によって図像が変わって見えるレンティキュラーレンズを使った作品など、視覚のあり方を問いかける繊細で美しい作品を発表している。澄み切った南極の風景のなかに、ピンクや紫といった、まばゆい光のスペクトルでできたオーロラを合成で組み込んだ作品は、写真の原理にも通じる、感覚と科学のあり方を問いかけるものだ。
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  ミーガン・ジェンキンソン「Atmospheric Optics」(2009)、「Phyto-Plasts」(Two Rooms Gallery, 2014)

 駆け足で今回のノミネートにも挙がったニュージーランドで活躍中の写真家たちを紹介してきたが、他にもアーバハートと並んでNZ現代写真の祖とされるピーター・ペライヤ(Peter Peryer b.1941)や、古典技法を用いながら写真発明初期に数多く生み出された幽霊的存在を再現させるベン・カウチ(Ben Cauchi b.1974)など、たくさんの興味深い写真家の作品を知ることができた。
 ニュージーランドは、辺境の島国という点においては、日本とも閉鎖性、凝集性において通じるところが多いだろう。写真においても独自の文化を形成しているように思われた。何よりも開拓地としての北海道と共通する点が非常に多いことが面白く、写真表現の可能性を考える上でも参考になる。
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   ピーター・ペライヤ「Peter Peryer photographer」(Auckland University Press, 2008)より
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   ベン・カウチ「The Evening Hours」(Victoria University Press, 2013)より

  最後に、貴重な時間を割いてお会いいただいた写真家の方々、全面的な協力をいただいたオークランド写真フェスティバルのジュリア・ダ―キン氏ほかスタッフの方々、収蔵庫の作品を惜しげもなく見せてくださったニュージーランド国立博物館写真専門キュレーターのアソル・マッククレディ氏、アーティストの推薦をいただいたヴィクトリア大学のジェフリー・バッチェン氏、McNamara Galleryのポール・マクナマラ氏、Two Rooms Galleryのマリー・ルイズ・ブラウン氏、そのほかご協力いただいた皆さまに心からのお礼を申し上げます。



参照)
ローレンス・アーバハート Laurence Aberhart http://laurenceaberhart.com/
ウェイン・バーラー Wayne Barrar http://waynebarrar.com/
アン・ノーブル Anne Noble http://tworooms.co.nz/artists/anne-noble/
ミーガン・ジェンキンソン Megan Jenkinson http://tworooms.co.nz/artists/megan-jenkinson/
ピーター・ペライヤ Peter Peryer http://peryer.blogspot.jp/
ベン・カウチ Ben Cauchi http://www.bencauchi.com/
マクナマラ・ギャラリー McNamara Gallery ワンガヌイにある写真専門ギャラリー http://www.mcnamara.co.nz/ 
Two Rooms Gallery  http://tworooms.co.nz/
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by curatory | 2015-05-12 16:58 | 海外作家賞
2015年 05月 12日

ニュージーランドの写真4  ポスト・コロニアリズムの視点を抱えたゴシックの国

 ニュージーランドの写真で「ポスト・コロニアリズム」とあわせ、もう一つ感じられたものとして「ゴシック」が挙げられる。レイハナやキハラの作品には、ニュージーランドの開拓がはじまったころのヴィクトリア時代のゴシック調のファッションが用いられることが多いが、(マイケル・ナイマンのピアノ曲が美しいジェーン・カンピオン監督の映画「ピアノ・レッスン(The Piano)」(1993)は、1850年代のニュージーランドが舞台だったが、そこでもヴィクトリア朝の服を着た主人公が荒涼とした海辺と森をさまようコントラストが印象的だった)、それだけでなく、暗く闇に沈んだ部分に焦点を当てる美術、文学作品がニュージーランドには多いとされる。
 アートの文脈でゴシックが注目されるのは、1980年代後半から1990年代初にかけて盛んに唱えられるようになったバイカルチュラリズム(マオリとヨーロッパ系パケハとの共生)や、多文化主義の影響があるようだ。先にも述べたように、70年代のマオリルネサンスの影響、そして80年代のワイタンギ条約の中に記載されているマオリの権利に対する見直しや、それに伴うマオリの言語や文化の尊重に対する世論の高まりによって、アートの文脈でもマオリに対する意識が深まる。その結果、風光明媚な自然にあふれた明るい国としてのニュージーランドだけではなく、マオリ文化とその抑圧を背景に抱いた土地として、闇の部分も掘り起こされるようになる。また、1995年に俳優のサム・ニールが自身の幼少時代を振り返りながら、ニュージーランド映画に蔓延する隠された狂気と残忍さ、ゴシック・イマジネーションに焦点をあてて制作したドキュメンタリー映画「Cinema of Unease」も、大きな影響力があったようだ。
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   イヴォンヌ・トッド「クリーミー・サイコロジー」展(Wellington City Gallery)カタログ

 ニュージーランド滞在中にウェリントン・シティ・ギャラリーで、ギャラリー初の全館をあげての個展「Creamy Psychology」を開催していたイヴォンヌ・トッド(Ivonne Todd b.1973)も、ゴシックと関連づけられて語られることが多い作家だ。会場には彼女がインスピレーションを受けた源泉として、愛読書やファッション雑誌、映画なども参照できるコーナーがあり、トッドは10代からゴシック・ロマンスの小説(V・C・アンドリュースの代表作で、屋根裏に閉じ込められた兄弟の異常な生活を描いた「屋根裏部屋の花たち」など)を愛読していたそうだ。
 トッドの作品のなかでは、女性が重要な位置を占めている。彼女はコスチュームは歴史に縛られたものと考えるが、入念に選ばれたコスチュームを身に着け、虚ろな視線を向ける女性のポートレイトは、どこかヴァンパイア的にも病的にも見える。トッドはまなざしと服装、髪型以外にはほとんど何の情報もないような形で被写体をスタジオで撮影し、デジタル処理を施すことによって、彼女たちの視線と存在の背後に隠れた悲しみや、倦怠感、ナルシスムを浮き彫りにする。ゴシック小説の背景の大部分は、家庭に縛られた女性たちの心の闇が支配しているが、トッドの写真はそうした女性のゴシックな部分に光をあてる。


 ギャビン・ヒプキンス(Gavin Hipkins b.1968)の「The Homely」シリーズ(1997-2000)は、彼自身が「ポストコロニアル・ゴッシク小説」と呼ぶものだ。このシリーズの前に、ヒプキンスは国立図書館が所蔵する、商人で本コレクターだったアレキサンダー・ターンブル(1868-1918)の写真コレクションを用いた「The Unhomely」(1997)と「Folklore: The New Zealanders」(1998)という展覧会をキュレーションしているが、そのなかで彼はこれまで「ニュージーランド」として認識されてきたものは何であり、その背後には何が隠されてきたかについて考察した。Unhomelyはフロイトが唱えた「Unheimlich(不気味なもの)」も意識されているようだが、ニュージーランドを考えられる上で抑圧された部分にも焦点をあてようというのだろう。
 「The Homely」は、オーストラリアとニュージーランドで4年にかけて撮影した80点組の作品で、これまで国と民族を規定するものとして考えられてきた歴史的な場所のほかに、バーガーショップや友人の家などのありふれた対象が、断片的な仕方で撮影、配列されている。緑にあふれ明るい光が差す美しい牧歌的なニュージーランドでも、コロニアルの歴史を抱え、暗い森を有したゴシックなニュージーランドでもない形で、馴染みの風景のなかに潜む抑圧されたものを一連のシリーズのなかで浮かび上がらせようとするとのことだが、ニュージーランド人にとってどれが歴史的で、馴染みの風景なのかもわからない私にとっては、そこに隠された抑圧的な部分まで見通すことはできなかった。
 ヒプキンスは自分の作品においてシュルレアリスム的な要素と、建築とが重要な意味を持つと語っていたが、作品を一つの完結したものとして考えるのではなく、先行イメージや作品間の関係、建築的空間と観者との関係もすべて含めたものとしてとらえている。そのために、展示の仕方も重要な意味をもち、このシリーズではすべて縦位置の作品が間に隙間をもうけず、映画のシークエンスを見るような形で続いていく。それは見られるだけでなく、読まれるべきテクストとしてもあるのだろう。「読む」ための素養がないものにとってはなかなか判読は難しいが、フィクションと現実のはざまにある何かに迫ろうとする、スタイリッシュ、かつ知的でウィットに富んだ作品として際立っていた。
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   ギャヴィン・ヒプキンス アーティストブック


 大型でハイパーリアルな作品で注目を集めるアン・シェルトン(Ann Shelton b.1967)も、ニュージーランドの暗い歴史を掘り起こす作品を発表している点において、ゴシックな作家と言われることがある。ウェリントンで19~20世紀にかけて行われた処刑場所を撮影したシリーズ「Capital」(2010)や、精神病院を撮影した「Once More from the Street」、1900年代前半に創設された薬物、アルコール依存症のリハビリ施設(女性棟)を撮影した「Room Room」(2008)など。シェルトンは地方にあるゴシック的な狂気に満ちた場所や廃墟を撮影することを通して、何が記憶され、何が隠されているのか、風景から何が読み取れるのかを問いかける。
 彼女の作品に特徴的なのは、それを左右反転あるいは上下反転させた二枚組の写真によって提示するところだ。一点透視法によって強調される真実は一つといった気分に違和を差し挟み、不確かさや欺瞞を提示するために、写真というメディアの複製性をうまく活用した「二重化(Doubling)」の試み。シェルトンはそれを、「視覚的などもり(Visual Stammering)」ともいえるものだと説明していた。一見何もないような場所に見えるが、実は…といった手法はそれほど新鮮味のない手法だろうが、大型カメラで細部まで精密に描写された大きな写真が二対になって目の前にあると、それ自体がある特異な視覚体験となる。ぜひ現物を見て欲しい作品だ。
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  アン・シェルトン「a kind of sleep」(Govett-Brewster Art Gallery)より
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参照)
イヴォンヌ・トッド Yvonne Todd http://www.ervon.com/
ギャビン・ヒプキンス Gavin Hipkins http://www.art-newzealand.com/Issue109/hipkins.htm
アン・シェルトン Ann Shelton http://www.annshelton.com/
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by curatory | 2015-05-12 16:57 | 海外作家賞
2015年 05月 12日

ニュージーランドの写真3  ポスト・コロニアリズムの視点を抱えたゴシックの国

  ポスト・コロニアルをテーマの中心に据えたもう一人のアーティストが、シゲユキ・キハラ(Shigeyuki Kihara b.1975)だ。ニュージーランドに行く前から、今もっとも旬でアクティブなアーティストとして、関係者から強く推薦されていた。サモア人の母と日本人の父を持ち、現在はサモアとオークランドに拠点を置いて活動しているキハラは、植民地時代におけるポリネシア人に向けられた好奇の眼を題材にパフォーマンスを行うほか、それをビデオや写真としても発表している。西サモアは1920年から62年までニュージーランドの委任統治領となっており、マーク・アダムスが撮影していたサモア人タトゥーイストもそうだが、サモア系ニュージーランド人の数は多い。
 さらにサモアはニュージーランドに統治される前の1900年から1914年まではドイツの植民地で、その間にサモア人はドイツの各地でVölkerschau(人間動物園、人間展示)としてその文化と生態を売り物にするエキゾティックな見世物に供された。そのことに想をえて作られたキハラのパフォーマンス「Culture for sale」は、2011年にベルリンではじめて発表されたもの。サモア人のダンサーが、観客がお金を払った時にだけ短い踊りを踊るというもので、権力(お金)がいかに文化的、社会的、政治的、精神的なコンテクストに影響を及ぼすかということを観客に問いかける。
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 また、2004年に発表した「Fa’afafine: In a Manner of a Woman」(2008年にはニューヨークのメトロポリタンミュージアムで展覧会も開かれた)は、ポリネシア人たちをエキゾティックなまなざしで描いた19世紀の絵葉書や写真を真似て作られている。ファアファフィネ(Fa’afafine)はサモアでは第三の性を表す言葉で、男性として生まれながらも、女性的な素質をもった人物をあらわす。サモア文化のなかではその存在は伝統的に公に認められてきたそうだ。キハラ自身もファアファフィネで、男性として生まれながらも、現在では女性として生活している。
 この作品は三連の写真からなり、一枚目は熱帯の植物を背景にアンティーク調の長椅子に胸をあらわにした上半身を起こして横たわる女性が、19世紀のエキゾティックな写真に典型的な仕方で撮影されている。二枚目では女性の腰蓑がとられて陰部が露わになり、三枚目では陰部から男性器がのぞいている。
 キハラは西洋人がポリネシア人に対して向けたロマンティシズムとオリエンタリズムに満ちた視線を問うとともに、セックスシンボルとしての女性、女性/男性という区分についても問いを投げかける。作品「サモア人カップル」でも、サモア人に典型的と思われる服装と持ち物をした男女が並んで写されているが、両者はともにキハラ自身が扮したもので、男性の下半身には別の人物の写真が合成されている。キハラは性による二分法や、文化的ステレオタイプに問いを投げかけることによって、自らのアイデンティティの在処を探るとともに、他者から押し付けられた視線に対する異議申し立てを行っているのだろう。

 マオリ出身のメディア・アーティスト、リサ・レイハナ(Lisa Reihana b.1964)もポスト・コロニアリズムの文脈で語られることが多いが、彼女の「デジタル・マラエ」(2001-)シリーズはコロニアル(マオリ)対西欧といった枠組みだけには収まらない、文化的な多様性をもった現代社会を浮き彫りにした作品だ。マラエは集会場を意味する言葉で、マオリ社会においては祖先の霊が宿る神聖な場所として重要な意味をもつ。この作品のなかでは、マオリの神聖な祖先たちが、デジタル処理されたハイパーリアルで現代的なセッティングの下に撮影されている。たとえば、マオリの戦いの神がサーフィングをし、顔に刺青を施した男性が19世紀のヴィクトリア朝の黒づくめのダンディな服装をし、コルビジェの椅子に座っている。コマーシャル写真の撮影のように明るいライトを浴び、暗いバックのなかから浮き上がるようにして写しだされた人物たちは、等身大以上のサイズに引き伸ばされていることもあわさって、圧倒的な存在感を放っている。レイハナはこの作品のなかで、マオリ社会の古代からの価値を、現代の枠組みのなかへ位置づけることを通じて、作品のなかでこそ成立する現代的なマラエを創出しようとしているかのようだ。
 
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   リサ・レイハナ「Digital Marae」展(Govett-Brewster Art Gallery)カタログより




参照)
シゲユキ・キハラ Shigeyuki Kihara http://shigeyukikihara.com/
リサ・レイハナ Lisa Reihana http://www.inpursuitofvenus.com/
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by curatory | 2015-05-12 16:56 | 海外作家賞
2015年 05月 12日

ニュージーランドの写真2  ポスト・コロニアリズムの視点を抱えたゴシックの国

 マオリ系の出自ではないヨーロッパ系(パケハ)写真家のなかで、マオリの問題に真っ向から取り組んでいるのが、マーク・アダムス(Mark Adams b.1949)だろう。オークランドに住んでいると聞いていたが、すでに居を移していたため会うことは叶わなかったが、オークランド空港に近いマンジェレ・アーツ・センターにて個展「Sign Here」(Mangere Arts Centre, 17 January- 1 March, 2015)が開催されていた。ここはマオリの居住者の割合が高いというマンジェレ地区にある、マオリとパシフィックのビジュアル・アーツに重点を置いた文化施設だ。ワイタンギ条約締結175周年を記念しての展覧会で、アダムスが1990年代に国立博物館(テ・パパ)からコミッションされた、ワイタンギ条約が締結された場所を調査し、署名者がかつてそこに立ったと思われる場所を突き止め、撮影するプロジェクトの写真が展示されていた。アダムスはそれを何分割かしたパノラマ写真によって示す。ワイタンギ条約が、イギリス人とマオリによってまるで違う意味をもったように、写真が事実を伝えることには限界があり、分割された写真と写真の合間には、別の視点が入り込む余地があることを暗示している。

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   マーク・アダムス「Sign Here」展(マンジェレ・アーツ・センター)展示風景

 アダムスは大判のフィルムカメラを使って撮影をするが、それは写真が発明された初期に使われていたガラス・プレート版のカメラを想起させもする。1839年にダゲレオタイプがフランス化学・芸術アカデミーで発表され、写真が発明されたまさにその時期と、ニュージーランドの入植が本格化する時期とは密接に重なり合う。カメラのテクノロジーと国家の発展とが手を携え、写真は国家とランドスケープが創り上げられていく過程のドキュメントとして積極的に用いられた。そうしたことに意識的なニュージーランドの写真家にとって、写真を撮ることと自国の歴史を考えることは、切っても切れない関係にある。
 アダムスの「Cook’s Site」プロジェクトは、ジェームズ・クックが第二回探検航海(1772-75)で足を踏み入れた場所や、同伴した画家ウィリアム・ホッジスが、タヒチやニュージーランド南島南西端にあるダスキー・サウンドで描いた場所、そしてその絵が現在飾られているイギリスのグリニッジにある国立軍事博物館などを訪れ、撮影したものだ。クックが当時目を向けた風景は現在もそこに残っているのか、ホッジスは絵画にどのような現実や理想を描きだそうとしたのか、ホッジスの絵画を展示している博物館は何を表象しているのか―――このプロジェクトはアダムスにとって、人が新たなる土地をまなざし、支配下に置いていったプロセスを問う試みでもあり、そこには何層もの視線と表象の問題が折り重なっている。
 アダムスは他にもニュージーランド在住のサモア人のタトゥーイスト、故パオロ・スルアペが施したタトゥーを長年にわたって撮影したシリーズなどが有名だ。こうしたプロジェクトの背後には、太平洋地域のコロニアリズムがいかなるクロスカルチュアルな歴史を辿ってきたかというテーマが通底しているのだという。

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 マオリとスコットランド人の祖先をもつフィオナ・パーディントン(Fiona Pardington b.1961)も、コロニアリズムの視線を問いかける作品で際立った存在感を発している。彼女の作品は視覚性だけでなく、触覚性に訴えかける要素も強く、コロニアリズムの問題だけでなく、視線、写真の複製性、光、時間の問題など、その関心は多岐にわたる。パーディントンは1990年代後半から、エロティックなファウンド・フォトを再撮影したシリーズなど、ジェンダーや、見る/見られる関係について問いかける作品を制作していた。その延長上に、オークランド戦争博物館に収蔵されているマオリの伝統的なネフライト製人型ペンダントであるヘイティキを撮影した「Mauria Mai」(2001)のシリーズがある。ヘイティキは、マオリの神話にでてくる最初の人間ティキを具現化したものとされ、一族の宝として手から手へ渡されてきたものだ。通常10㎝ほどのサイズの魔術的な異形の人型ヘイティキが人間の赤ちゃんくらいの大きさにまで引き伸ばされ、モノクロプリントの深く沈んだ黒をバックに、なめらかな陰影をもって写しだされたその作品は、物に宿る命や魔術の存在、行き場を失った魂についても考えさせる。そこには魂、魂を象ったモノ、それを写した写真という、表象を巡る入れ子状の関係が写しだされている。さらに、タイトルに博物館の整理番号が付されることによって、その宝の前の持ち主や、それが博物館の収蔵品になっていることの意味についても考えさせられる。
 2007年、パーディントンは自分のマオリの祖先のライフキャスト(石膏取り胸像)がパリにあることを耳にする。興味をもった彼女はリサーチによって、それがフランス人探検家ジュール・デュモン・デュルヴィル(Jules Sebastien Cesar Dumont d'Urville 1790-1842、エーゲ海ミロス島で発見されたばかりのミロのヴィーナスを、フランス政府に購入させる交渉をした人物としても有名)の第三回フランス海軍南極探検(1837-40)に同行した、骨相学者ピエール・マリー・アレクサンドル・デュムティエ(Pierre-Marie Alexandre Dumoutier 1797-1871)が、ニュージーランドを含むポリネシアの島々を巡った際に作ったものであることを知る。そのうちの50体ほどが、パリの人類博物館に収蔵されている。(ちなみにこの人類博物館には、ホッテントットのヴィーナスと呼ばれたサラ・バートマンのライフキャストも1974年まで展示されていたという。また、デュルビルがニュージーランドのベイ・オブ・アイランズに到着したのは1940年4月のことで、ワイタンギ条約が結ばれた2か月後だった。デュムティエが作ったライフキャストには、ワイタンギ条約に調印した部族長の一人もいたそうだ。)

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   フィオナ・パーディントン 「Ahua: A beautiful hesitation」(Otago University Press, 2011)

 2010年、パーディントンはこれらのライフキャストを撮影する許可をえて、「Ahua: A beautiful hesitation」シリーズとして発表した。写真が発明される以前に制作されたこれらのライフキャストは、正確な似姿を写すものとして、原・写真ともいえるものだとパーディントンは語る。正確な記録をとろうとする情熱と、その記録から人の内面まで見通すことができると考える19世紀の知性。骨相学は頭蓋を計測することによって、人の気質や性格までもが測定できると考えた。さらに、マオリたちの顔に彫られた刺青(モコ)は、傷口に色素をいれるタトゥーと違い、表面に深く傷をつけることによって模様を作るので、ライフキャストにもその跡が浮かび上がる。モコの模様からは、血族や所属集団などの情報までもが、はっきりと読み取ることができる。同じ頭部のライフキャストでも、西欧とマオリによって、その読み取り方がまったく違うということを、これらのライフキャストは同時に示しているだろう。マオリと西欧の知と視線の差異について、非常に明解に示すものであるとともに、ライフキャストの圧倒的な存在感は、魂をもったヘイティキのあり方にもどこかで通じているように感じられた。

 パーディントンのこのシリーズを見てすぐに思い浮かんだのが、昨年度の海外作家賞(フィンランド)を受賞したヨルマ・プラーネン(Jorma Puranen b.1951)の作品だ。彼の「Imaginary Homecoming」シリーズも、パリの人類博物館に収蔵されていた、1884年にフランス人写真家G.ロッシュがローラン・ボナパルトのラップランド探検に同行した際に撮影したラップランド先住民のサーミ人の写真を扱ったものだ。プラーネンは収蔵されていた写真を再撮影し、被写体となったサーミ人たちが撮影されたと思われる元の場所にリプリントした写真を配置し、風景のなかで撮影するというプロジェクトを行った。彼は写真がそのはじまりから地理的探検や植民地主義と分かちがたく結びついていることに注目し、写真を用いることを通して、風景に新たな意味を与えようとする。そのためには「想像力」が必要で、サーミ人たちの想像上の帰郷から浮かび上がる新しい風景を、写真から見通すことができればと考える。
 プラーネンは1970年代後半から盛んに唱えられていたポスト・コロニアリズムの洗礼を受けた作家だが、ニュージーランドの写真家たちのポスト・コロニアリズムへの同様の関心を話したところ、おそらく根っこは一緒のところにあるのだろうと言っていた。ニュージーランドとフィンランド。この二つの国に、私自身、はじめは何の共通点も感じていなかった。だが、北と南のかつては探検されるべき辺境の土地にあり、さらには南極と北極という、極限的で崇高なイメージが投影される場所への入り口としての役割も担い、原住民の問題も抱えるという点において両者は密接につながっていた。地球の円環が一気に閉じるような、目が覚める思いがした。



参照)
マーク・アダムス Mark Adams http://tworooms.co.nz/exhibitions/mark-adams-rauru/
フィオナ・パーディントン Fiona Pardington http://fionapardington.blogspot.jp/
「Fiona Pardington Ahua: A beautiful hesitation」(Otago University Press, 2011)
ヨルマ・プラーネン Jorma Puranen http://helsinkischool.fi/artists/jorma-puranen/portfolio/imaginary-homecoming
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by curatory | 2015-05-12 16:55 | 海外作家賞