カテゴリ:東川フォトフェスタ( 1 )


2012年 11月 12日

東川フォトフェスタのこと

 
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 2012年国内作家賞 松江泰治 展示風景
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 2012年新人作家賞 志賀理江子 展示風景

 東川町国際写真フェスティバル(東川フォトフェスタ)について、もう少し頑張れば国際写真フェスティバルになれるのにね、という話をきくことがある。名称には「国際」という文字が入っているものの、海外作家賞があるというだけでは、国際的なフェスティバルとはなかなか認められないのも仕方ないだろう。
 現在、写真フェスティバルは世界各地で優に100を越しており、新しいフェスティバルも次々と生まれている。そのなかでも最も歴史が古く、写真フェスティバルの嚆矢となるのが、1970年からはじまったフランスのアルル国際写真フェスティバル「Les Rencontres Arles」だ。このフェスティバルは会期中には十万人にのぼるという写真関係者や愛好者を国内外から集め、今でももっとも重要な写真フェスティバルとして位置づけられている。特にオープニングの週には様々なイベントが目白押しで、フランス国内に限らず世界各地の人びとが集う交流の場となっている。各地にできた写真フェスティバルも大体このアルルのフェスティバルを手本にしており、東川町もその例に漏れない。
 写真フェスティバルを開催する意味としては、主に3つの要素があるだろう。一つが、企画展などを通して、写真にとっての重要な課題や新しい傾向などを取り上げて、それについての議論をシンポジウムなども通じて深めていくということ。二つ目が写真に興味をもつ人々が集まって交流し、意見を交換したりする場を作るということ。近年日本でも注目されているポートフォリオレビューは写真家がビジネスチャンスを作る場でもある。三つ目は人が集まることによってその地域を活性化するということ。
 東川町もこの三つの要素に期待して写真フェスティバルを立ち上げたに違いない。もっとも、東川にとっては三つ目の町おこしの要素が第一にあって、その手段に「写真」を選んだ以上、写真文化にも貢献するために写真賞を立ち上げたということのようだ。東川町が1985年に行った写真の町宣言は、美しい風土と心をもった被写体として「写真映りのよい町」を創造することを誓ったもので、言ってみれば写真は外部の視線を表す比喩のようなものでしかない。そのため、写真との関係性をより密接なものとするため、同年に制定された東川賞では写真文化への貢献と育成、東川町民の文化意識の醸成と高揚が目的とされた。
 だが、この写真文化というものは一筋縄ではいかないもので、決して美しさだけが追求されるわけではない。東川賞と写真の町の理念とは時に齟齬をきたすこともある。それに対して1994年からはじめられた高校生の写真部を対象とした写真甲子園は、「写真映りのよい町」という理念により忠実で、町の人、風物をいかに写真映りよくとらえるかに焦点があてられる。町の関心が自ずとこちらの方に傾いて行くのも無理からぬことだ。現在の東川フォトフェスタは、東川賞と写真甲子園という二つのイベントが目玉となっているが、実際のところ両者はあまり交差していない。
 東川賞はどちらかといえば権威と歴史のある賞として、今では神棚に上げられる存在になっているといっていいのかもしれない。聞いた話によると、以前は東川賞受賞者が何か乗り物に乗って町の人たちを撮影し、その写真を配る(撒く?)といったイベントもあったようだ。それは東川賞と写真映りのよい町とを関連させるための苦肉の策ともいえるだろう。だが、受賞者からの反発もあったのか、現在では行われていない。
 2010年には25周年を記念して国内、海外作家賞を中心に賞金が倍増されたが、それもこの賞のプレステージを上げるのに一役買うことが期待されたのであろう。しかし、東川賞と、東川フォトフェスタにとってより重要なことは、賞の価値を高めるというだけでなく、賞とフェスティバルをきっかけとして、何らかの新たな出来事や価値を創出することにあるのではないだろうか。
 25周年目に賞金が倍増され、新しく飛彈野数右衛門賞が制定されたとき、私はこれに反対だった。もちろん、自主的な作品寄贈が条件となっている受賞作家のことを考えると、賞金の倍増は歓迎されるべきものだし、必要なことだ。また、地元作家を顕彰し、ドキュメンタリー的な写真だけに絞った賞というものにも意味はある。だが、限られた町の予算の幾ばくかを東川賞に新たにまわすことができるならば、賞金という形ではなく、比較的大きめの展示室をもつ町のギャラリーならではの独自の展覧会(特に新人作家賞の作家のための)を実現することや、展覧会やシンポジウムを記録する冊子を作ることなどに予算を配分する、あるいは、作家が町に滞在して作品を作り、それを町の人たちへとフィードバックできるような新しい賞を創設する、といった町との関わりや出来事性を重視した何らかのシステムを作ったほうが、この東川町という町で行う写真賞としての意味があるように思われた。
 数多くの写真フェスティバルが開催されるなかで、それぞれのフェスティバルはその独自性をいかにして築くかということが、今まで以上に問われている。定評のあるアルルですら、未発表の写真を中心に選別することで、フェスティバルを最新の写真表現にふれる場としてアピールしている。韓国のテグ・フォト・ビエンナーレなどは国際的に任命されたキュレーターによるスペシャル展示を呼び物の一つにしている。比較的新しいイギリスのマーゲート・フォトフェストなどは、社会にコミットした写真のみに焦点を絞ることによって差異化をはかっている。

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 ポートフォリオレビュー風景

 東川フォトフェスタでは、数年前より企画委員らが主体となって、東川ならではの出会いの場と発表の場を作る試みとして、ポートフォリオレビュー及びポートフォリオオーディションを行うようになった。しかし、東川近郊や北海道内の写真家にとっては東京まで行かずとも自分の作品をギャラリストや編集者などに見てもらえる機会ができたとはいえ、同種の試みは今や各地で行われており、それ以外の写真家がわざわざ東川に行こうというきっかけにはなりづらいだろう。東川フォトフェスタがその独自性をアピールするためには、東川ならではの価値付けをもう一歩進めて付与していかなければ、誰が何のために開催しているフェスティバルなのか焦点はぼやけたままだ。
 だが、その一方で、東川の特徴として挙げられる、首都圏からの遠さと町としての規模の小ささは、受賞写真家も含めた参加者同士の親密な交流を生む場として確かに機能しているといえる。その特徴を活かしながら、いかにして有難い賞を拝む場から、発信する場へと積極的な価値転換を遂げることができるのか。将来への展望を抱いた戦略がなければ、国際的な評価どころか、国内的な関心すらも限定されたものであるだろう。
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by curatory | 2012-11-12 16:33 | 東川フォトフェスタ