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2012年 10月 29日

海外作家賞2013 マレーシア

 来年度の海外作家賞の対象国はマレーシアだ。どのようにして対象国が決るかというと、様々な状況を鑑みて、としかいいようのない理由によって決っている、としかいいようがない。写真の町東川賞規定には、「海外作家賞は、世界をいくつかの地域に分割し、年毎に、その対象地域を移動させ、やがて世界を一巡するものとし、発表年度を問わず、その地域に国籍を有しまたは出生、在住する作家を対象とします」とある。だが、いくつかの地域という大雑把なくくりではリサーチも大変だし、地域割りの仕方によってはあっという間に世界一巡も終ってしまうかもしれない。いつの頃からか対象国は1国に絞られるようになり、その時々の事情に応じて対象国が決められるというのが現状だろう。
 アメリカやヨーロッパの国であれば、どのような写真家がいるかは、事前の調査である程度の目星をつけておくこともできる。だが、それ以外の国となると、信頼できる推薦者を得ることが非常に重要な要素となる。今回のマレーシア調査では、幸いなことに二つのギャラリーからアドバイスをいただくことになった。
 一つはアジアの現代美術の紹介と、アートを巡るクロスカルチャーな場を作ることを目指してレジデンスも兼ねたギャラリーを運営しているShalini Ganendra Fine Artのシャリーニ・ガネンドラさん。こちらは東川賞審査員の笠原美智子さんもレクチャーで訪れたことがあり、海外からキュレーターなどを招いてレクチャープログラムを組み、クアラルンプールにおける美術関係者がつどうサロン的な場所となっている。
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Shalini Ganendra Fine Art 1階ギャラリー 

もう一つが、東南アジアの近現代美術を扱う画廊の老舗で、シンガポールとクアラルンプールに拠点をもつValentine Willie Fine Art。VWFAでは主に現代美術の文脈のなかで活躍する作家で、写真も使うがビデオも使うといったマルティメディアアーティストが多かった。
 二つのギャラリーからの紹介だけで、その国の写真家を見定めてよいのかという疑問は当然あるだろう。だが、他からもいくつかアドバイスをもらった感触からすると、そもそも画廊も美術館も少なく、まだまだ写真も含めた現代美術の歴史も層も薄いマレーシアでは、誰に聞いてみてもまずもって挙がって来る名前というものは限られているようだった。そのなかでも、今回はシャリーニさんの目配りのおかげで、現代美術よりの作家からフォトジャーナリズムでも活躍するドキュメンタリーの作家まで、幅広い層の写真家に実際に会って話しを聞くことができた。
 総じて感じたことは、マレーシアはまだ本当に国としての歴史が浅いのだということ。自分たちのアイデンティティは何なのかということを、30代、40代の作家の多くが模索しながら作品を作っていた。また、国としての歴史も浅い上に、人口の6割がマレー系、3割が華人系、1割がインド系といった多民族国家である。たとえば中華系の写真家であるMinstrel Kuikは、マレーシアでは中国人として、中国ではマレーシア人として扱われるという宙ぶらりんなアイデンティティの体験のなかで、写真を通して自分の立ち位置を見つめようとしていた。さらに、ここ数十年来の建設ラッシュのなかで、古い町並みや田舎の見慣れた風景というものも変化してきた。Yee I-Lannは、マレーの風景の象徴でもあったバッファローが気づいてみるとどこにも見かけなくなった状況をもとに、バッファローを街のなかに突然出現させるといったコラージュ作品など、失われた文化、風景を問い直すシリーズを制作している。
 日本による占領の歴史というものも、大きな意味をもっている。1941年12月8日、真珠湾攻撃の1時間半ほど前にマレー北のコタ・バルを襲撃した日本軍は、約2ヶ月間という短期間でイギリス領マレーとシンガポールを占領した。その後、1945年の敗戦までの約3年間、マレーとシンガポールは日本領となっていた。1946年にはイギリスの直轄支配によるマラヤ連合が発足し、48年からはマラヤ連邦へと移行、57年にイギリス連邦の一員として独立。マレーシアが成立するのは1963年のことであり、シンガポールがマレーシアから独立するのは1965年のことである。若手作家の注目株ともいえるEiffel Chongは、モノに宿った死(と生)の気配をテーマとした作品を作っているが、彼のシリーズの一つにも12月8日に日本軍が始めてマレーに進軍した地を撮影した作品が見受けられた。映像作家のChi Tooも、日本でのレジデンス中に、日本人とマレーシア人の間に横たわる戦争についての認識の大きなギャップにシリアスかつユーモラスに向き合った作品を制作している。大東亜共栄圏の幻影を過去のこととして忘却の彼方におしやっている日本人とは対照的に、彼の地では重要な歴史の記憶として反復的にその意味が問われ続けている。
 政治や社会、宗教といった問題に、写真を使って意識的に取り組もうとする写真家が若手では多いなか、より年配の写真家は写真独自の美学を追及する傾向が強いように思われた。1999年にSilver Gelatinというギャラリーを共同で開き、キュレーターとしても活躍するAlex Mohは、アートとしてのモノクロ写真の美学を広く伝えようとしてきた。また、フォトジャーナリストとして出発し、錫鉱山を撮影したシリーズで有名なEric Perisは、写真メディアの可能性をたえず追求しながら、毎年新たなモチーフで写真展を開催することを自分に課し、30数年がたつという。写真に着色をして抽象的な模様を作ったりする実験的な作品を作る一方、世界の本質を見極めないと写真を撮ることができないとする態度は、アンリ・カルティエ=ブレッソンをほうふつさせるものがある。実際、その影響を聞いてみたところ、写真家は職人であるべきだというカルティエ=ブレッソンの言葉には大いに共感すると語っていた。
 マレーシアの写真家は非常に大雑把なくくりでいうと、写真を通じてパーソナルな事象や社会の出来事を探ろうとする30代前後の若手写真家と、現代美術の文脈ですでに名をなしている40代前後のマルチメディア的な作家、50代前後の写真の美学を追求しようとする写真家という3つの傾向に分けられるように思われた。
 果たしてどの層がマレーシアの現在を代表しているといえるのだろうか。だが、そもそも一人の作家に国を代表させることなど無理なことだ。できるのは多様な写真の一断面をかろうじて伝えられるだけだろう。
 写真を含め、芸術というものの役割の一つに、新たな思考やイメージの生成を促す媒体としての要素がある。北海道の小さな町である東川町が、海外作家賞を制定しているということは、異質なものを呼び込むことによって、町の思考を活性化するという意図があるのだと思う。だが、東川賞及びフェスティバルのことを、特に海外の方に紹介しようとするとき、町が何を本当に目指しているのか、私自身もわかりかねて説明に困ることがある。25周年を記念して行われたシンポジウムの席で、東川賞の立ち上げから長年フェスティバルに関わられてきた方が、東川賞について、確かフェスティバルのご神体のようなもの、というような発言をされていたように思うが、さて、その霊力はいまだ健在であるのだろうか。人が自在に使う道具であるとともに、人為を越えたものを垣間見せてしまうこともある写真。写真のもつ複雑さが、写真の町を宣言した町が抱える複雑さを招き寄せているともいえるだろう。その混沌とした様相も、もしかしたら写真的といえる事態なのかもしれないと、ふと、そう思った。


参考リンク:
Shalini Ganendra Fine Art  
http://www.shaliniganendra.com/
シャリーニ・ガネンドラさんが1998年に設立したギャラリー。2011年にはレジデンスも兼ねたギャラリーとして、国内外の作家が多く訪れている。アジアの現代美術、工芸を紹介する。

Valentine Willie Fine Art 
http://www.vwfa.net/kl/index.php
東南アジアの近現代美術を紹介するパイオニアとして、1996年に創設されたギャラリー。クアラルンプールとシンガポールにギャラリーをもつ。2013年に閉廊。

National Visual Arts Gallery
http://www.artgallery.gov.my/web/guest/home
マレーシアの国立美術館(Balai Seni Visual Negara)。1958年に創設。複数のギャラリー内で近現代美術の作家を紹介している。

Petronas Art Gallery
http://suriaklcc.com.my/attractions/art-gallery/
1993年にペトロナスツインタワー内に創設されたギャラリー。マレーシアの国営石油・ガス会社であるPetroliam Nasional Berhad (PETRONAS)によって運営される。

Rogue Art 
http://www.rogueart.asia/ra/about-us/
元VWFAに所属したキュレーターなどが中心となって設立した組織で、東南アジアの美術に関わる出版、展覧会などを企画する。マレーシアの美術を紹介するシリーズ本第一巻「Narratives in Malaysian Art, Volume I: Imagining Identities」がようやく出版され、順次4巻まで出版予定。マレーシア美術を知る上での必携の書となるだろう。

Kuala Lumpur International Photoawards  
http://www.klphotoawards.com/index.html
今年で4回目となるクアラルンプール国際写真賞。ポートレイト、ジャンルを問わない写真、エッセイという三部門に、アマチュアからプロフェッショナルまで公募によって世界各地から参加者を募り、毎年賞を贈る。
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by curatory | 2012-10-29 17:25 | 海外作家賞
2012年 10月 25日

シンガポール国際写真フェスティバル(SIPF)

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(国立図書館前広場に設けられた展示用仮設コンテナ)


 今年で第3回目となるシンガポール国際写真フェスティバル(SIPF、2012年10月5日~11月17日 http://sipf.sg/)を訪れた。SIPFは2008年にはじまったばかりのまだ若いフェスティバルで、2年毎に開催されている。フェスティバルの目的は「東南アジアの作家にとってのプラットフォームを提供する」ことであり、東南アジアではじめての試みだという。
 東南アジアの自由貿易、中継基地として発展してきたシンガポールは、2000年代頃からは、商業の拠点としてだけでなく、情報の交流や文化的な側面においても国際的な拠点都市となるべく、教育やインフラを整備してきた。2006年から政府主導ではじまったシンガポール・ビエンナーレも、国際的な現代アートの祭典として定着しつつある。
 SIPFは現代美術を扱うシンガポール・ビエンナーレの写真版を目指したもので、東南アジアの写真家たちの良質の写真を紹介しているだろう、という期待を胸に訪れてみたものの、全体の印象としてはまだまだフェスティバルとしては未熟な感じで、作品の質にもばらつきがあった。
 フェスティバルの中心を占める展示は、世界各国からの公募で集まった作品である。それら数千点に及ぶ作品のなかから、今年は、Alejandro Castellote(フォトエスパーニャの創設者の一人)、Patricia Levasseur de la Motte(インディペンデント・キュレーター)、Zeng Han(インディペンデント・キュレーター、写真家)の三名が作品を選定し、最終的にはカンボジア、メキシコ、日本、ペルー、タイ、フランスといった世界各地の25カ国から414作品が選ばれ、6箇所の会場で展示された。
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(仮設コンテナ内)

e0249498_1624958.jpg(Photographic society of Singapore, Selegie Arts Center)

 展覧会は基本的に雑多な写真の寄せ集めという印象が大きかったが、私が訪れたなかではサブステーションギャラリーの展示が宗教をテーマに4名の作家でまとめられており、Tristan Cai(シンガポール)による宗教と科学の関係を扱った作品シリーズ『Tales of Moving Mountains: Why Won’t God Go Away?』や、Fernando Montiel Klint(メキシコ)の鮮やかな色彩で現実のなかに狂気を出現させたシリーズ『Acts of Faith』などが興味深かった。
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(The Substation Gallery)

 公募のほかにもスペシャルプロジェクトとして、Wang Qingson(王慶松)の『History of Monuments』と、Thomas Sauvinによる『Silvermine』が、シンガポール美術館に近接するシンガポール経済大学 (SMU) のコンコースで展示されていた。21世紀の中国を席巻する消費文化を風刺的に描いた作品で知られる王の展示は、高さ125cm幅42mという長大なもので、ミケランジェロの彫刻や自由の女神など古今東西の様々な文化のなかで価値あるとされるモノと、つまらないとされるような事物とを寄せ集め、実際の人物にポーズをとらせて実写したものだった。一見したところCGによる合成かと思われる作品だが、すべて実際にモデルを使って撮影したものなのだという。泥まみれのレリーフ壁画調に仕上げられた作品は、その大きさにまずもって圧倒される。オフィシャルに価値あるものと認められてきた歴史と、そうでない詰まらないものとをごちゃ混ぜにして創造された新たな歴史は全体を通しても何の脈絡も見えてこない。その無意味さの半面、そこに注ぎ込まれた厖大な労力とのギャップが、公式な歴史がフィクショナルともいえる形で日々量産されている中国の現状への厳しい批判となっているのであろう。
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 Wang Qingson(王慶松)『History of Monuments』(部分)at SMU Concourse

 一方、Thomas Sauvin(トーマス・サルヴィン)による展示は、リサイクル場で廃棄処分されかかっていたネガを集め、そこからプリントした写真を200点ほど展示したものだった。80年代から90年代後半にいろいろな場所で撮られた家族写真やスナップフォトなどを中心としたその写真群は、イメージの宝庫ともいえるアノニマスな写真の魅力を伝えていた。
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 Thomas Sauvin『Silvermine』at SMU Concourse

 展覧会のほかにも、ポートフォリオレビューや、写真についてのレクチャー、フィルム上映会、イブニングスライドショーなどがSIPF会期中には開催された。今年はマグナムとの共催でのイベントもいくつかあったようだ。また、ピンホールカメラや暗室といった、一般にも親しみやすい題材で写真に取り組むことができる教育プログラムもあり、写真愛好家の裾野を広げようとする試みもあった。
 先にも述べたとおり、全体の印象としては洗練されたものというわけではなかったが、写真を見せ、語り、学ぶ場所を自分たちの手で作り上げていこうという意欲は十分に感じられた。英語を公用語として話し、近隣のアジア諸国とも密接な関係を築いてきたシンガポールという場所の利点を活かし、東南アジアの写真の拠点になろうという意気込みはわかる。だが、多方面に幅広く手をのばしすぎているだけに、焦点のぼやけたまとまりのないイベントのように感じられもした。展覧会についても、世界各国を対象とした公募展に重点をおくだけはなく、東南アジアの良質の作家を集めた企画展を開催していくことも重要ではないだろうか。シンガポール美術館を会場とした企画展が同時に開催されれば、フェスティバルの印象もまったく違うものになるだろう。
 いろいろと問題点も目に付いたとはいえ、国際写真フェスティバルを開催するという自負は十分に感じられた。ひるがえってみて東川町も、海外作家賞があるというだけではなく、「国際」の名に値する何らかのアプローチをそろそろきちんと考えるときではないだろうか。長年の歴史ある賞というだけでなく、何かを発信していける仕組みを新たに創出していく必要があるだろう。

e0249498_16192927.jpgArtist talk by Yee I-Lann at Singapore Art Museum, Glass Hall
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by curatory | 2012-10-25 15:51 | 写真フェスティバル