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2012年 11月 20日

国内外の写真フェスティバル(覚え書)

国内外の写真フェスティバル(一部)をリストアップしてみた。

アルル写真フェスティバル(フランス、アルル) Renconters d’Arles 
http://www.rencontres-arles.com
1970年に、Lucien Clergue(写真家)、Michel Tournier(作家)、Jean-Maurice Rouquette(歴史家)によって創設された、南仏アルルで夏に開催される最も歴史の長い写真フェスティバル。国内外の美術館や機関と連携して展覧会を企画し、12世紀に建てられたチャペルなど、町の文化遺産なども使った数箇所の会場で展示する。一部の企画展を除き、展示作品は原則的に未刊行(未発表発表)作品を中心として選別され、最新の写真表現、技術などに接する場を提供することを目的とする。
展覧会以外にも、スライドショー、シンポジウム、ポートフォリオレビュー、ワークショップなど様々なイベントが開催される。フェスティバルで新しい才能を発掘するために2002年より賞が創設され、2007年よりディスカバリー賞(25000ユーロ)、Contemporary Book賞(8000ユーロ)、Historical Book賞(8000ユーロ)が与えられるようになった。
運営費の46パーセントが公共の予算、37パーセントが入場料、16パーセントが私的な寄付によって賄われている(2011年)。

フォトエスパーニャ(スペイン、マドリッド) PHotoEspaña  
http://www.phe.es/
1998年にはじまった写真とビジュアルアーツのフェスティバル。ラ・ファブリカが運営し、企業や公共機関と連携して展覧会などを開催。毎年対象国を決めてコラボレートする。2005年には日本が対象国となり、日本の写真家が数多く紹介された。

ヒューストン・フォトフェスト(米国、ヒューストン) FotoFest International 
http://www.fotofest.org
1983年に、ドキュメンタリー写真家でジャーナリストのFrederick BaldwinとWendy Watriss、ギャラリーディレクターのPeter Bentelerによって創設されたFotoFestによって、1986年よりヒューストンで隔年に開催される、アメリカ合衆国における最初の写真フェスティバル。

ブライトン・フォトビエンナーレ(イギリス、ブライトン) Briton Photo Biennale
http://www.bpb.org.uk
イギリス南西部の港町ブライトンにて、2003年より隔年で秋に開催される写真フェスティバル。選ばれたキュレーターが決めたテーマによる展覧会が開催されるほか、コミッションワークも制作される。マーティン・パーがキュレーターとなった2010年のビエンナーレ(テーマ:ニュードキュメンツ)は6万人という記録的な来場者数となった。

ニューヨーク・フォトフェスティバル(米国、ニュヨーク) New York Photo Festival
http://nyph.at/
2008年にDaniel Powerらによって、アルル写真祭やフォトエスパーニャなどに影響を受けて始められた写真フェスティバル。ニューヨーク市の写真月間に併せて開催される。

ヴィザ・プル・リマージュ(フランス、ペルピニャン) Visa Pour l’Image
http://www.visapourlimage.com/index.do
1989年からフランス南西部にあるPerpignanにて開催される、フォトジャーナリズムを対象とした写真フェスティバル。

ケルン国際写真フェスティバル(ドイツ、ケルン) Internationale Photoszene Koln
http://photoszene-koeln.de/
1984年より、フォトキナと同時期にケルンで開催される写真フェスティバル。

Noorderlicht(オランダ、フローニンゲン)
http://www.noorderlicht.com/en/
Noorderlichtはオーロラの意味。ドキュメンタリー写真を中心とし、写真のもつ意味と役割についての議論を深めようと、1980年に創設されたNoorderlicht写真ギャラリーが1990年よりはじめた写真フェスティバル。

マーゲート・フォトフェスト(イギリス、マーゲート) Margatephtofest
http://www.margatephotofest.co.uk/
イギリス南東海岸にあるケント州マーゲートで2010年より開催されている写真フェスティバル。社会にコミットした(Socially engaged)写真に焦点をあてる。現代社会を変革する活動力をもつものとしての写真の役割を探求すべく、アーティスト/キュレーター/教育者のコミュニティを築き、現実的にインパクトをもったプログラムを展開することを目的とする。

テッサロニキ・フォトビエンナーレ(ギリシア、テッサロニキ) Photo Biennale Thessaloniki
http://photobiennale-greece.gr/en/
1997年に創設されたギリシア初のテッサロニキ写真美術館を中心に、翌年より隔年で開催される写真フェスティバル。

フォトグラフィア(ローマ、イタリア) Fotografia - Festival Internationale di Roma
http://www.fotografiafestival.it/index.asp?lang=eng
2002年よりローマ現代アート美術館(MACRO)を中心に毎年ローマで開催されている写真フェスティバル。毎年選ばれた写真家一人にローマを対象にしたコミッションワークの制作を依頼している。(ヨゼフ・クーデルカ、マーティン・パー、アレックス・ソスなど。)

モスクワ・フォトビエンナーレ(モスクワ、ロシア) Photo Biennale Mosocow
http://www.mamm-mdf.ru/en/festivals/photobiennale-2014/
マルチメディア・アートミュージアムを中心に隔年で開催される写真フェスティバル。

カウナス・フォトフェスティバル(カウナス、リトアニア) Kaunas Photo Festival
http://www.kaunasphoto.com/10th-kaunas-photo-festival/?lang=en
2004年から開始された、バルト圏で最も長い歴史を持つ写真フェスティバル。国内外の作家の作品を紹介するとともに、ポートフォリオレビューなども行う。

草場地春の写真祭(中国、北京) Caochangdi PhotoSpring
http://www.ccdphotospring.com/
2010年にアルル写真祭とのコラボレーションにより、北京のTinking HandsとThree Shadows Photography Art Centre(三影堂撮影芸術中心)がはじめた写真フェスティバル。期間中、数十の展覧会やシンポジウム、ポートフォリオレビューなどが行われる。

大邱(テグ)フォト・ビエンナーレ(韓国、大邱) Daegu Photo Biennale
http://daeguphoto.com/eng/
韓国第三の都市・大邱にて、2006年から隔年で開催される写真フェスティバル。2012年度には、総合ディレクターによるメイン展示のほか、世界各国のキュレーターによって企画されたスペシャル展示、ポートフォリオレビュー、シンポジウムなどが大邱文化芸術会館、大邱芸術発展所(旧KT&G)、国立大邱博物館らの会場で行われた。

東江(トンガン)国際写真フェスティバル(韓国、東江) Dong-gang International Photo Festival
http://www.dgphotomuseum.com/eng/main/view.php?go=festival
東川町をモデルとし、2001年に東江写真村宣布式を行った寧越郡が翌年より開催している写真フェスティバル。2005年には韓国初の写真美術館として東江攝影美術館が創設され、以降、東江攝影美術館をメイン会場とし、同地区内で複数の展覧会を行う。

アンコール・フォトフェスティバル(カンボジア、シェムリアップ) Angkor Photo Festival
http://www.angkor-photo.com
2005年に有志の写真家たちによって組織されたアンコール・フォトアソシエーションが主催する東南アジア初のフォトフェスティバル。冬の約1週間、展覧会、スライドショーなどが開催される。公募によってアジアを中心とした作家の作品を募集している。フェスティバルにあわせて、アジアの若手写真家のためのアンコール写真ワークショップと恵まれない子どもたちのためのアンジャリ写真ワークショップも同時開催される。

Chobi Mela バングラディシュ・国際写真フェスティバル(バングラディシュ、ダッカ) International Fotography Festival Bangladesh
http://chobimela.com/
2000年より二年に一度開催される写真フェスティバル。

香港国際写真フェスティバル(中国、香港)Hon Kong International Photo Festival
http://www.hkipf.org.hk
香港の19人の写真家によって、創造的なアイデアや、技術的な知識などを分け持つ場として創設された香港写真文化協会が主催する写真フェスティバル。複数のキュレーターによる企画の展覧会や、ポートフォリオ・レビュー、セミナー、ワークショップなどが行われる。隔年で開催される。

シンガポール国際写真ビエンナーレ(シンガポール) Singapore International Photography Festival
http://www.sipf.com.sg/
2008年にはじめられた東南アジアの写真家を中心としたフェスティバル。展覧会の作品は基本的には公募によって集められる。展覧会、ワークショップ、ポートフォリオレビューを三本柱とするほか、シンガポールの写真活動を活性化するために、ギャラリーやアートスペース、教育機関などで様々な活動が行われる。

Focus写真フェスティバル(ムンバイ、インド)Focus Photography Festival
http://focusfestivalmumbai.com/
2013年よりインド西海岸のムンバイではじまった写真フェスティバル。変化の激しい都市ムンバイを拠点にするため、初回では「都市」をテーマとした。

Reportage Festival(シドニー、オーストラリア)Reportage
http://reportage.com.au/festival/
1999年よりはじまったルポルタージュフォト(ドキュメンタリー写真)を対象とした写真フェスティバル。

バマコ写真フェスティバル(マリ、バマコ) Rencontres de Bamako, Biennale africaine de la photographie
http://rencontres-bamako.com/
1994年より隔年で開催される写真フェスティバル。マリ国の文化省が中心となり、アンスティチュ・フランセの協力で開催。 アフリカの写真とビデオを中心に紹介し、展覧会、ワークショップなどのイベントを通じて、人々の交流の場をうみだす。バマコにはアフリカを代表する写真家Seydou Keita(1921-2001)の写真館もあった。

フォトグラフィカ・ボゴタ(ボゴタ、コロンビア共和国) Fotografica Bogota Festival
http://fotomuseo.org/fotografica_2013/index.html
2007年より、コロンビアの首都ボゴタで、隔年で行われる写真フェスティバル。毎回フィーチャーする地域を世界から選び、展覧会等を市内各地にて行う。Photo Museo(コロンビア国立写真美術館)が中心になって開催している。

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写真の町東川町国際写真フェスティバル
http://photo-town.jp/
1985年に豊かな文化田園都市づくりをめざして東川町が行った「写真の町宣言」をもとに、1985年から毎年夏に開催される写真フェスティバル。写真の町東川賞授賞式を中心に、受賞作家作品展やシンポジウム、ポートフォリオレビューなどが町民のどんとこい祭りとともに行われる。1994年からは全国の高校の写真部やサークルを対象にして行われる写真大会「写真甲子園」も開催されるようになった。

総合写真祭フォトシティさがみはら
http://www.city.sagamihara.kanagawa.jp/photocity/index.html
2001年から毎年開催される写真フェスティバル。新たな時代を担うプロ写真家の顕彰と、アマチュア写真愛好家に作品の発表の場を設けるとともに、写真展を中心に様々なイベントを組み込んだ市民参加型の文化事業として位置付けられる。第2回目からは「さがみはら写真アジア賞」を創設。

塩釜フォトフェスティバル
http://gamaphoto.blog31.fc2.com/
2008年、塩釜市出身の写真家・平間至を中心にはじまった写真フェスティバル。写真関係者らを招いて、市民とともにさまざまな切り口から写真に親しむイベントを行う。展覧会、トーク、ワークショップ、ポートフォオレビューなど。ポートフォリオレビューの参加者のなかから写真賞を決定し、大賞は写真集を制作することができる。

横浜フォトフェスティバル
http://www.yokohamaphotofes.com/
日本の写真の創始者の一人である下岡蓮杖が横浜に写真館を開いて150周年となる2012年を記念して創設されたフェスティバル。シンポジウム、ポートフォリオレビューなど。

ドキュメンタリーフォトフェスティバル宮崎
有志によって構成された実行委員会によって開催される。2012年で13回目を迎える。

Kyotographie 京都国際写真フェスティバル
http://kyotographie.jp/
2013年より京都ではじまった春の写真フェスティバル。文化都市京都と写真芸術の融合を図ると同時に、京都の伝統工芸とのコラボレーションにより写真芸術が生活により深く浸透することを目指す。

写真の町 シバタ
http://www.photo-shibata.jp/
2011年より市民有志によりスタートした新潟県新発田市の写真文化プロジェクト。

六甲山国際写真フェスティバル
http://rokkophotofestival.com/index.html
神戸の写真ギャラリーGallery TANTO TEMPO、theory of cloudsを中心に、国内の写真ギャラリーや枠組み、個人、アメリカやヨーロッパの文化芸術NPO、アジアの芸術の枠組み、神戸市内の大学などの教育機関などが連携して構成されたNon-Profitの組織であるRAIECが運営。発見、教育、コミュニケーションという3つの思想を掲げて、神戸市六甲山上で開催する国際写真フェスティバル。2013年~。

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世界中の写真フェスティバルの情報を集めたサイト
http://www.photofestivals.com.au/
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by curatory | 2012-11-20 12:03 | 写真フェスティバル
2012年 11月 12日

東川フォトフェスタのこと

 
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 2012年国内作家賞 松江泰治 展示風景
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 2012年新人作家賞 志賀理江子 展示風景

 東川町国際写真フェスティバル(東川フォトフェスタ)について、もう少し頑張れば国際写真フェスティバルになれるのにね、という話をきくことがある。名称には「国際」という文字が入っているものの、海外作家賞があるというだけでは、国際的なフェスティバルとはなかなか認められないのも仕方ないだろう。
 現在、写真フェスティバルは世界各地で優に100を越しており、新しいフェスティバルも次々と生まれている。そのなかでも最も歴史が古く、写真フェスティバルの嚆矢となるのが、1970年からはじまったフランスのアルル国際写真フェスティバル「Les Rencontres Arles」だ。このフェスティバルは会期中には十万人にのぼるという写真関係者や愛好者を国内外から集め、今でももっとも重要な写真フェスティバルとして位置づけられている。特にオープニングの週には様々なイベントが目白押しで、フランス国内に限らず世界各地の人びとが集う交流の場となっている。各地にできた写真フェスティバルも大体このアルルのフェスティバルを手本にしており、東川町もその例に漏れない。
 写真フェスティバルを開催する意味としては、主に3つの要素があるだろう。一つが、企画展などを通して、写真にとっての重要な課題や新しい傾向などを取り上げて、それについての議論をシンポジウムなども通じて深めていくということ。二つ目が写真に興味をもつ人々が集まって交流し、意見を交換したりする場を作るということ。近年日本でも注目されているポートフォリオレビューは写真家がビジネスチャンスを作る場でもある。三つ目は人が集まることによってその地域を活性化するということ。
 東川町もこの三つの要素に期待して写真フェスティバルを立ち上げたに違いない。もっとも、東川にとっては三つ目の町おこしの要素が第一にあって、その手段に「写真」を選んだ以上、写真文化にも貢献するために写真賞を立ち上げたということのようだ。東川町が1985年に行った写真の町宣言は、美しい風土と心をもった被写体として「写真映りのよい町」を創造することを誓ったもので、言ってみれば写真は外部の視線を表す比喩のようなものでしかない。そのため、写真との関係性をより密接なものとするため、同年に制定された東川賞では写真文化への貢献と育成、東川町民の文化意識の醸成と高揚が目的とされた。
 だが、この写真文化というものは一筋縄ではいかないもので、決して美しさだけが追求されるわけではない。東川賞と写真の町の理念とは時に齟齬をきたすこともある。それに対して1994年からはじめられた高校生の写真部を対象とした写真甲子園は、「写真映りのよい町」という理念により忠実で、町の人、風物をいかに写真映りよくとらえるかに焦点があてられる。町の関心が自ずとこちらの方に傾いて行くのも無理からぬことだ。現在の東川フォトフェスタは、東川賞と写真甲子園という二つのイベントが目玉となっているが、実際のところ両者はあまり交差していない。
 東川賞はどちらかといえば権威と歴史のある賞として、今では神棚に上げられる存在になっているといっていいのかもしれない。聞いた話によると、以前は東川賞受賞者が何か乗り物に乗って町の人たちを撮影し、その写真を配る(撒く?)といったイベントもあったようだ。それは東川賞と写真映りのよい町とを関連させるための苦肉の策ともいえるだろう。だが、受賞者からの反発もあったのか、現在では行われていない。
 2010年には25周年を記念して国内、海外作家賞を中心に賞金が倍増されたが、それもこの賞のプレステージを上げるのに一役買うことが期待されたのであろう。しかし、東川賞と、東川フォトフェスタにとってより重要なことは、賞の価値を高めるというだけでなく、賞とフェスティバルをきっかけとして、何らかの新たな出来事や価値を創出することにあるのではないだろうか。
 25周年目に賞金が倍増され、新しく飛彈野数右衛門賞が制定されたとき、私はこれに反対だった。もちろん、自主的な作品寄贈が条件となっている受賞作家のことを考えると、賞金の倍増は歓迎されるべきものだし、必要なことだ。また、地元作家を顕彰し、ドキュメンタリー的な写真だけに絞った賞というものにも意味はある。だが、限られた町の予算の幾ばくかを東川賞に新たにまわすことができるならば、賞金という形ではなく、比較的大きめの展示室をもつ町のギャラリーならではの独自の展覧会(特に新人作家賞の作家のための)を実現することや、展覧会やシンポジウムを記録する冊子を作ることなどに予算を配分する、あるいは、作家が町に滞在して作品を作り、それを町の人たちへとフィードバックできるような新しい賞を創設する、といった町との関わりや出来事性を重視した何らかのシステムを作ったほうが、この東川町という町で行う写真賞としての意味があるように思われた。
 数多くの写真フェスティバルが開催されるなかで、それぞれのフェスティバルはその独自性をいかにして築くかということが、今まで以上に問われている。定評のあるアルルですら、未発表の写真を中心に選別することで、フェスティバルを最新の写真表現にふれる場としてアピールしている。韓国のテグ・フォト・ビエンナーレなどは国際的に任命されたキュレーターによるスペシャル展示を呼び物の一つにしている。比較的新しいイギリスのマーゲート・フォトフェストなどは、社会にコミットした写真のみに焦点を絞ることによって差異化をはかっている。

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 ポートフォリオレビュー風景

 東川フォトフェスタでは、数年前より企画委員らが主体となって、東川ならではの出会いの場と発表の場を作る試みとして、ポートフォリオレビュー及びポートフォリオオーディションを行うようになった。しかし、東川近郊や北海道内の写真家にとっては東京まで行かずとも自分の作品をギャラリストや編集者などに見てもらえる機会ができたとはいえ、同種の試みは今や各地で行われており、それ以外の写真家がわざわざ東川に行こうというきっかけにはなりづらいだろう。東川フォトフェスタがその独自性をアピールするためには、東川ならではの価値付けをもう一歩進めて付与していかなければ、誰が何のために開催しているフェスティバルなのか焦点はぼやけたままだ。
 だが、その一方で、東川の特徴として挙げられる、首都圏からの遠さと町としての規模の小ささは、受賞写真家も含めた参加者同士の親密な交流を生む場として確かに機能しているといえる。その特徴を活かしながら、いかにして有難い賞を拝む場から、発信する場へと積極的な価値転換を遂げることができるのか。将来への展望を抱いた戦略がなければ、国際的な評価どころか、国内的な関心すらも限定されたものであるだろう。
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by curatory | 2012-11-12 16:33 | 東川フォトフェスタ
2012年 11月 06日

マレーシアの簡単な写真の歴史(覚え書)

 世界で最初の写真は1827年にニセフォール・ニエプスが撮影したものだが、公式な写真の発明は、1839年にルイ・ジャック・マンデ・ダゲールがダゲレオタイプをフランス科学・芸術合同アカデミーにて発表したことにあるとされる。
 日本にはその4年後の1843年、オランダ船により長崎に写真機材が到着するも持ち帰られ、日本で撮影された写真で現存する最古のものは、ペリー艦隊再来時の1854年に従軍写真師エリファレット・ブラウンが撮影した写真である。日本人の手によって撮影された写真で現存する最古のものは、1857年に島津斉彬が自身で入手した写真機材によって撮影されたポートレイトで、日本で最初の写真館がオリン・フリーマンによって横浜に開かれたのは、1860年のことであった。
 一方、マレーシアはどうかというと、1839年にイギリス領チャンネル諸島からシンガポールに移りロンドン・ホテルを経営していたGaston Dutronquoyによって、1840年代前半には早くも写真スタジオが同ホテル内に併設されていた。シンガポールで初めて出された写真の広告はDutronquoyによるもので、シンガポールで二番目の英字新聞として発行された「シンガポール・フリー・プレス」の1843年12月4日に、以下のように掲載された。ダゲレオタイプの撮影が2分間ででき、一人分の撮影料は10ドルであったという。

“Mr G Dutronquoy respectfully informs the Ladies and Gentlemen at Singapore, that he is complete master of the newly invented and late imported Daguerreotype. Ladies and Gentlemen who may honor Mr Dutronquoy with a sitting can have their likenesses taken in the astonishing short space of two minutes. The portraits are free from blemish and are in every respect perfect likenesses. A Lady and a Gentleman can be placed together in one picture both are taken at the same time entirely shaded from the effects of the sun. The price of one portrait is ten dollars, both taken in one picture is fifteen dollars. One day’s notice will be required.
London Hotel, 4th Dec 1843.”

 また、シンガポールに現存する最古の写真は、1844年にフランス人のJules Itierによって撮影されたもののようだ。Itierは科学に興味を持ち、早いうちからアマチュアでダゲレオタイプ制作に手を染めていた。1843年から46年まで東インド及び太平洋諸島を旅した際にシンガポールにも立ち寄り、趣味で写真を撮影している。当時シンガポールはペナン、マラッカとともに、イギリス東インド会社の海峡植民地として経済的成長が目覚しかった。1840年にイギリス艦隊が中国とのアヘン戦争に乗り出すのも、シンガポールが拠点となったのだという。いずれにせよ、マレーシア(シンガポールの独立は1965年)では日本よりは10年以上も早く写真の歴史がはじまっているといえる。
 以来、マレーシアではポートレイトとランドスケープを中心に数多くの写真が撮られた。初期写真の例に漏れず、エキゾチシズムを対象としたものが写真の多くを占め、マレーやオランダ領東インド(今のインドネシア周辺)のアボリジニー(原住民)なども撮影されている。1861年にシンガポールにスタジオを開いたJohn Thomsonは、マラッカ海峡やシンガポール、マレー半島のすぐれた記録写真を残しており、19世紀のマレーシアを代表する写真家の一人となっている。1876年にシンガポールに創設されたG.R. Lambert & Co.はこの地域における最も歴史のある写真を扱う会社であり、ポートレイトやドキュメンタリーの写真を残している。
 芸術写真の創始としては、Leonard Wrayによって写真サロンPerak Amateur Photographic Societyが1897年に創設された。Wrayはイギリスの写真サロンにも所属し、その強い影響下に主にピクトリアリズムの写真が制作された。また1920年代、30年代初期には絵葉書写真が隆盛した。そこでは主にロマンティックな東洋のイメージが演出されたが、一方ではフォトジャーナリズムの先駆としての役割も果たしていた。
 マレーシアにおける近代美術は1920年代からはじまるようだが、その変革は主に絵画のほうでおこり、写真のほうでは目だった動きはない。だが、アートサロンの展覧会で絵画とともに写真が展示されることもあり、サロン写真は一つのアートの形式として認められつつあった。実験的な試みはほとんどなされず、ピクトリアリズム調、または社会ドキュメンタリー的な写真が好んで制作され、コンポジションやライティング、背景の処理といった実際的なテクニックのことが話題となった。1930年代にはアートフォトムーブメントがあり、主にポートレイトにおいて、野外で自然に撮影したものが好まれるといった傾向があった。

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“Malaysian Photography. History and Beyond.”より。日本軍は現地の自転車を徴用し、銀輪部隊を編成していた(左頁下、左頁上は日本からの独立時)。サロン写真の発表は、日本の占領下に一時中断したようだ。

 第二次世界大戦後の1951年、初めてのマレー写真コンテストがスランゴー・カメラクラブによって開催される。56年にはマラヤ連合写真クラブが創設されるなど、50年代以降もサロン写真はますます盛んとなった。73年にはマレーシア国立美術ギャラリーで、いくつかの写真展が開催され、写真コンテストによる展覧会も毎年開催されるようになる。75年に開かれた政府と共催のコンテストでは、Ismail Hashim(1940-201?)が最優秀賞をとった。グラフィックデザイナー出身の彼はマレーシアの現代写真を代表する写真家となり、時にコンセプチュアルともいえるその手法は、美術と写真の越境をはたすものとして注目される。
 1980年代頃、それまで主にイギリスを中心としたヨーロッパ圏に留学していたアーティストたちが帰国しはじめ、一部は国内の学校で教鞭をふるうことなどによって、マレーシアの美術界には大きな転機が訪れる。マレーシアの現代美術が開花し、工芸からアートへと美術を取り巻く状況は変化しはじめる。写真もサロン写真とは距離を置いた文脈で、独自の発展をはじめたのだという。マレーシアの写真家で、30代若手と40代、50代以降とで作品の傾向が大きく違うように思われたのも、こうしたことが背景になっているのだろう。
 現在でも、まだまだ海外に留学する写真家は多く、ジャーナリズムとは関係ないところで作品を作っていこうとすると、学校で教えたり、売り絵を描いたりなど、別の手段で生計を立てないと暮らしていけないようだ。写真を扱うギャラリーも数箇所しか存在しないし、ほとんど売れない。国内では発表する場所がほとんどないこともあって、あまり他者に見せることを意識しない、自己完結した写真も多いように思われた。
 マレーシアの写真は今後どういった展開をしていくのか。国内外で定期的に発表する機会をもつことのできる一部の作家を除いて、おそらくプリントとしての発表の場が限られるなか、写真はPC上のイメージとして主に受容、発表されていくのではないだろうか。あるいは、国内でも展示できる自主ギャラリーのような場が創設されていくだろうか?
 待っていても状況は変わらない、自分たちで新しい動きを作っていかなくてはと、写真家のMinstrel Kuik は語っていた。だが、事はマレーシアだけに限らないだろう。慣例と停滞を打ち破る努力は、どこのコミュニティのなかでも時に応じて必要とされていることにちがいない。


参照:http://kinkonkid.blogspot.jp/2006_11_01_archive.html
http://issuu.com/yusufmartin/docs/dusun_4
“Malaysian Photography. History and Beyond.” National Art Galler Malaysia,2004
“The Loke Legacy: The Photography Collection of Dato’ Lokewan Tho” National Art Galler Malaysia, 2006


*補筆メモ(2014.9.9)
長崎原爆投下直後の写真を撮ったことで知られる山端庸介は、写真家・写真事業家であった山端祥玉(本名・啓之助)の長男として、1917年8月6日にシンガポールで生まれている。祥玉はシンガポールで写真スタジオ・写真材料商を営むサン商会を営んでいた。1911年から20年にかけての、シンガポールへの日本からの移民は3000人ほどいたようだ。
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by curatory | 2012-11-06 15:12 | 海外作家賞