2021年 10月 21日
![]() 第36回東川賞海外作家賞を受賞したグレゴリ・マイオフィスのアトリエにて、サンクト・ペテルブルク 著名な挿絵画家でもあったお父さんも使っていたこのアトリエには、幼少時からよく来たそうだ 写真の熊もこのアトリエで撮影された ロシアの写真家(メモ) 若手の写真家は英語でHPも作られているが、50代以上の写真家はあまり英語も話せず、HPもなかったりする。 スタジオ・ヴィジットで会った写真家の何人かから、マレーヴィッチのシュプレマティスムについて言及があったのには驚いた。ロシア独自の表現を考えたときに、イコンと、それに通じるシュプレマティスムを参照するのだろうか。現在においてもアクチュアルな問題意識を提供していた。一方、アレクサンドル・ロトチェンコ、エル・リシツキーらのロシア・アヴァンギャルドの影響はどうなのか気になった。 古くから根付く異教的な暮らしをとらえたシリーズも散見した。エキゾチシズムもあるだろうが、根源的なるものを模索しているところもあるのかもしれない。 現実とフィクション、都市と郊外などの対比。 哲学的実践としての写真。 1990年代からようやく表現の自由を獲得したこともあって、写真家、写真文化の層がまだまだ薄いのだろう。 2年のブランクは大きい。もっと早くにまとめておくべきだった。 以下、気になった写真家リスト(覚書) ーーーーーーーーーーー Boris Mikhailov(ボリス・ミハイロフ、1938/ウクライナ出身、ウクライナ&ベルリン在住) (※旧ソ連のウクライナ生まれ。2014年のクリミア併合まではロシア人とも言っていたが、以降はウクライナ人としてアイデンティファイしているため、ロシアの枠組みからは外れるか。) エンジニアとして働きながら写真をはじめるが、妻のヌードを撮影した写真が見つかり電気技師の職を失い、写真家となる。二枚のカラーフィルムを重ねて(サンドイッチして)現像し、日常の風景からシュールなイメージが浮かび上がったシリーズ「Yesterday's sandwich」。旧ソ連圏が崩壊し、資本主義の大量消費スタイルが浸透して変化した故郷ウクライナの町をとらえるなかに、新しい生活と裏腹に失ったものの痛みも感じる「Tea, coffee, cappuccino」など。日本でも何度も展覧会を開催するなど、国際的にも活躍。言わずと知れた存在。 Nikolay Bakharev(ニコライ・バカレフ、1946/シベリア生まれ、ノヴォクズネツク在住) 1980年代、工場で機械工兼写真家として働きつつ、プライベートでポートレイトを撮り、時にヌードや官能的なポーズでの撮影を行う。当時のソ連では、ヌードやエロスは非合法的なものであった。肉体を堂々とさらけ出す被写体との共犯めいた関係が写し出されている。鉄のカーテンが消滅した90年代には、アーティストとして精力的に活動をはじめ、ヨーロッパの展覧会でも紹介されることが多くなる。写真集『NOVOKUZNETSK』(2016年)の刊行を機にさらに注目が集まる。 Sergey Chilikov(セルゲイ・チリコフ、1953/ヨシュカル・オラ在住) 哲学を学び、大学で哲学を教える。1976年からアーティストグループ「The Fact」で写真をはじめる。ヨシュカル・オラ地方の反体制的な写真家のリーダー的存在として、ソビエト・ポップ・アート(Sots Art)とも併走する形で、70年代のニュー・フォトグラフィーの中心的な人物として活動する。社会的な抑圧を受けない家庭や近しい人たちだけが集まる場所で自由にふるまう人たちをとらえた写真。アートとは認められていなかった写真を展示するために、80年代にはクラブやオープンエア写真フェスティバルなどを企画。89年からはヨシュカル・オラ地方以外の都市や、旧ソ連の国々を訪れ、暗鬱な暮らしのなかにある潜在的なエロティシズムやユーモアを現実とステイジド写真のはざまにとらえた作品を発表している。写真集に『Sergey Chilikov : Selected Works 1978-』など。 Rauf Mamedov(ラウフ・マメドフ、1956/アゼルバイジャン出身。モスクワ在住) 聖書のテーマを用いて90年代から一貫したスタイルで作品を作り続けている。精神病院で働いた経験などをもとに、ダウン症やスキゾフレニックの患者とコラボレートした作品を制作することが多い。ソ連時代にはダウン症や精神病患者は隔離され、聖書も禁止された存在だった。聖書に題をとりつつも、そこに多様な解釈や意味をこめている。常に制度や秩序から逃れ出てゆく、スキゾフレニックな社会や制度を聖書の物語を通じて表わそうとしているとも評される。等身大の大きなサイズで、トリプティックやディプティックのスタイルで発表することが多い。モスクワ近代美術館での個展「Silentium」(2011年)など。 ラウフ・マメドフのアトリエにて、モスクワ Nikolay Kulebyakin(ニコライ・クレビャーキン、1959/モスクワ在住) 1983年から90年代後半まで、花や植物、ガラス、鏡の反射などをスクエアのフォーマットで撮影した「Slow Series」を制作。並行して「Fast Series」も制作。エル・リシツキー、ロトチェンコといった1910年代のロシア構成主義や、マレーヴィッチのシュプレマティスムを想起させもする。「Portrait」シリーズ(1990年代)ではオルターエゴのようなネガを顔に投影し、ポートレイトを撮影。「Conditional / Unconditional」は、風景、街の生活の断片、ポートレイト、テクスチャーなどをとらえたシリーズ。90年代からはカラーもはじめ、窓から見える植物やガラスの反射をとらえた作品や、アルセーニイ・タルコフスキー(映画監督アンドレイ・タルコフスキーの父)の詩をもとに、バレーダンサーとコラボレートして作ったはじめも終わりもないような瞬間の表情や手の動きの断片をとらえた、写真による詩への応答としての「Fragments」シリーズを制作。タルコフスキーの詩は手書きにこだわるが、本物というオーセンティシティではないところで作品を見てもらうために、タルコフスキーの手跡をまねて別の人に書いてもらう。「A brief history of Art」は砂の上にイコンやルネサンス絵画などを投影した作品。最新シリーズではLandscapeをテーマに、マレーヴィチへのオマージュとして、一番強度が強いと考えるコンタクトプリントと、黒のスクエアと植物の写真を組み合わせた作品を制作。写真的、絵画的、哲学的、実験的。 Andrey Chezhin(アンドレイ・チェギン、1960/サンクト・ペテルブルク在住) レニングラード・インスティチュートで映画を学んでいるときに写真をはじめる。80年代からコンセプチュアルな写真の発表を続ける。「City-Text」は、ペレストロイカ以降、社会ドキュメンタリー的な写真がもてはやされ、街の有名な場所を写したお決まりの写真が氾濫しはじめたことに違和感をもち、90年頃から2003年頃までの10数年間サンクト・ペテルブルクの有名な場所を自分なりの解釈で撮影したシリーズをまとめたもの。何を撮るかではなく、それをどう撮影し、なぜ撮影するかが重要なテーマとなる。多重露光、特別なフィルターの使用、パノラマ撮影、自分の影を入れるなど、一見単純でバカげているようにも見える実験的な手法を採用したり、街を流れるネヴァ川を多重露光で取り入れたり、ファウンドフォトを用いることで、一枚のなかに多様な視点を取り込み、自画像のような、愛憎入り混じった都市サンクト・ペテルスブルクの複数性や偶然性を一枚の写真のなかに取り込もうとした。他に、簡単に手に入る画鋲をモダニストのアート作品に差すことで、モダニズムのアイロニカルな再評価に通じるような「Drawing pin and Modernism」シリーズなど。 Gregory Maiofis(グレゴリー・マイオフィス、1970/サンクト・ペテルスブルク在住) もともとは画家として活躍。テクスチャーや強弱を自分でコントロールでき、フィクションと現実の間を表現できるブロムオイルプリントに出会い、写真を用いはじめる。1990年代はアメリカに移住していたが、故郷のロシアでしかできない表現があると思い、サンクト・ペテルブルクに戻って活動をはじめる。ロシアの象徴ともされる、熊とバレーリーナがベッドにいる写真を撮りたいと思い、サーカスの人に協力してもらい、撮影したシリーズで有名になる。ユダヤの格言や、言い伝え、ことわざなどを題に撮った「Proverbs」シリーズでは、キャピタリズムの象徴ともされるディズニーのキャラクターを抱えたロシアの象徴とされる熊、画家が目の前のモデルを見ずに携帯で話を続ける画家をとらえた写真など、アイロニカルでウィットにとんだ仕方で現在の社会的、政治的状況などを風刺的にとらえた作品を発表。最近では、思想や宗教やいろいろな色眼鏡をかけてしか世界を見ることができない人々を、ゴーグルを通してしか生きられない未来の世界に生きる人々というセッティングのもとにとらえた「Mixed Reality」シリーズを発表している。 裸の女性が顔を覆って泣いている前に、熊が呆然と立ち竦んでいるような作品「The Spring」は、ロシアがクリミア半島を占領した際に作られた作品。第36回東川賞海外作家賞受賞作家。 ![]() ![]() 雑誌や新聞社の仕事で写真を撮る傍ら、アート・ドキュメンタリーフォトを制作。「North Corridor」シリーズは、ロシア北部のツンドラ地帯で昔からの仕方で暮らす人々を撮影したもの。トナカイを集めて肉にしたり、森に暮らす他の動物たちと共存するために、とらえた獲物をさばいた後の血を固めたものを森に帰したりする自給自足を主にした生活を送り、子どもは7歳になると学校に通うために親と離れて市内の寄宿舎で暮らしはじめる。ソ連時代は、そうした自給自足の暮らしは禁じられ、工場などで働かないといけなくなったため、それまで受け継がれてきた生活の知恵や伝統は一旦途切れてしまった。ソ連からロシアになると、自由になったかわりに職も失ってしまったため、伝統的な生活手法を一から自分たちで学び直し、実践している。北の森の木々を信仰する異教徒を撮影した「Russian Pagan」シリーズは、ソ連時代は宗教が禁じられていたために、表立った儀式は行うことはできなかったが、隠れて細々と信仰を守ってきた異教徒たちと、その儀式の様子などを写した写真。ガスなどの天然資源がとれる地域なので、大企業が土地を買収して開発しようとするが、それを拒み続けて厳しい生活を強いられ、アル中や薬中になる人たちも多く、そうした人たちのクリニックを写したシリーズなども発表している。 Vadim Gushchin(ヴァディン・グシャン、1963/シベリア・ノヴォシビルスク生まれ、モスクワ在住) 1990年代初頭から写真をはじめる。構成主義的、アレゴリカルな形で、自分の身の回りのもを撮影。抽象的な形態をとらえているが、写真自体は具体的なモノをとらえたもの。ロシアの伝統としてのイコンと、マレービッチによる抽象性を徹底したシュプレマティズムの流れに自分の作品を位置付け、写真を用いて日常の物をとらえることで、「abstract object photography」、「object abstraction」を試みる。具体的な「本」「封筒」「シャツ」などの物体をとらえながら、考え抜かれた構成や色彩を与えることで、具体性を保持しつつも、具体性を超越したような抽象的な概念、モノそのもののようなものもとらえるようとする試み。本やCDのタイトルも写しこむことによって、物体がそのなかに含み持っている一つの世界のようなもの、不在のなかにある存在のようなものも表そうとする。 Alexei Goga (アレクセイ・ゴガ、モスクワ在住) エンジニア、放射線技師等をしながら写真を制作。80年代頃から実験的な作品を作り続けてきた。最近では、建物や陶器に非常に精密なクオリティで写真をプリントする技術の開発を進めている。まだまだ実験途上という感じではあり、実験自体を楽しんでいる技術者という印象も受けたが、既存のターポリンなどの垂れ幕素材ではなく、写真自体がプリントされた建物が街中に出現したらと思うとひきつけられる。 アレクセイ・ゴガの特殊な技術で焼き付けられた写真 Max Sher(マックス・シェール、1975/サンクト・ペテルブルク生まれ、シベリア育ち) フォトジャーナリストとして活動をはじめる。ポスト・ソヴィエトの文化的ランドスケープと歴史の表象に興味をもち、アーティストとしても作品を発表する。初の写真集『A Remote Barely Audible Evening Waltz』(2013)は、 1960年代~80年代に撮られたプライベートなファウンドフォトと写真が見つかった場所の写真を加えたものからなる。『Palimpsests』(2018)は、ソヴィエトとポストソヴィエトの5か国70か所以上の場所で、2010年から2017年に、ニュートポグラフィック的な手法で撮影したもの。ウクライナ、ロシア、中央アジアなどまったく違った場所で撮影しているにもかかわらず、ソ連崩壊後の資本主義の原理によって、どこでも似通った簡易な建物やファンシーな色彩の店が建っている。それはソ連が共産主義時代にコンクリートと鉄骨でスタンダード化されて建設された建物を反復しているようにも見える。高所からの撮影や工場などの撮影がスパイ行為として禁止されていたソ連時代にはありえなかった、ソビエト時代以降の建築環境を日常的な視点から撮り収めることによって、イデオロギーがいかにしてランドスケープに体現されるかに興味をもったシリーズ。『Infrastructures』(2019)はセルゲイ・ノヴィコフとともに2016-19に制作した、ドキュメンタリーとステイジド写真、文章からなる本。道、橋、パイプラインといったインフラストラクチャーから国と権力の機能について考えようとする。アラン・セクーラ『Fish Story』を想起させもする、批評的リアリズムに通じるものがある。 Alexander Gronsky(アレクサンダー・グロンスキ、1980/エストニア生まれ、ラトビアを経て、現在はモスクワ在住) 「Pastral」シリーズは、当初はエストニアのタリンに住みながら、ロシアに通い、モスクワ郊外の撮影を続けたもの。自然と都市の境界を捉えたランドスケープ写真。牧歌的な風景を描いた絵画を想起させつつ、都会と田舎の境界、ユートピア、理想と現実など、様々なことを提起するような作品。(※最近はモスクワにもいるようだが、旧ソ連のラトビアの作家として知られている。) Fyodor Telkov(フョードル・テルコフ、1986/ニジニ・タギル生まれ、エカテリンブルク在住) ロシアを南北に貫き、アジアとヨーロッパをわけるウラル山脈が通り、カザフスタンと接するエカテリンブルク在住。ウラル地方の写真を撮り続けている。「Ural Mari」は、ウラル地方に古くから根付く風習や宗教をとらえた写真や、現在に生きる人々をとらえた写真のシリーズ。「Tales」はウラル地方の民話や神話からインスピレーションを受けた作品。「Smog」は森に囲まれた地方である一方で、ロシアの主要な工業地帯としてのウラルの都市を覆うスモッグをとらえたシリーズ。「36 Views」はエカテリンブルク郊外にあるかつての炭鉱地。今でも町の中心にぼた山がそびえ、水や土地の汚染も続く一方で、ぼた山は町のシンボル的な存在にもなっている。北斎の富嶽三十六景になぞらえて、山をのぞむ36景をまとめたシリーズ。「Humanization of space」は、ソ連時代のスタンダード化されたデザインによって、無個性的な形で建てられた建築の中に暮らす人々が、いかにそれを人間的で個別に住まわれた場所にしているかに焦点をあてたシリーズ。「The Blood of the Narts」は、オセチア地方に伝わる伝承と、武術を習う現代の若者とを重ね合わせて生み出されたシリーズ。 Igor Elukov(イゴール・エルコフ、1991/サンクト・ペテルブルク在住) ロシア北部で7歳くらいまで過ごした故郷を5年間モノクロで撮影した「Severe」シリーズは、遊牧民的な生活で自給自足の暮らしをしている人たちや、出会った人や家族、恋人など、人生の一部を切り取ったもの。最新作のカラー作品「The Book of Mirackles」は、16世紀にドイツのアウクスブルクで出版されたイラスト入りの「奇跡の書」に題をとったシリーズ。三日月が天空に浮かぶ様子や、隕石が村の真ん中に落ちたようなビジョナリーを、CGではなく実際に作りあげ、ステイジドとドキュメンタリーが入り混じったような作品を制作。奇跡の書が神の御業を明かにするのに対し、エルコフは神とは違った宇宙の原理のようなものによって創造される世界を描こうとする。メタフォリカルで哲学的とも評される。 Danila Tkachenko(ダニラ・トカチェンコ、1989/モスクワ生まれ) 2014年、Rodchenko Moscow School of Photography and Multimediaドキュメンタリー写真学科を卒業。社会から離れて自然のなかで暮らす人々をロシアとウクライナでとらえた「Escape」(2014)シリーズは、現代社会における個人の内的自由について問いかける。「Restricted areas」(2015)シリーズは、ロシアでかつて軍事産業や核開発等に関わるために、地図にも載らないような閉鎖都市で、ユートピア的イデオロギーを体現した場所と目されていたものの、現在は無人の飛行機や廃墟となった工業施設、住居が佇む場所を撮影。進化や進歩の行きつく先をとらえようとした。「Lost Horizon」(2016)は、マレーヴィッチのシュプレマティスムの絵画「Black Square」を想起させるフォーマットに、どこでもない場所としてのユートピアをと、ソ連時代に作られたモニュメントや建築によってとらえた作品。「Motherland」シリーズは、1917年のソビエト革命後に廃墟となったロシア正教会に、抽象的で幾何学的な構成物を仮設することによって、歴史的記憶、事実とフィクションの境界について問いかける。 Special thanks : Gregory Maiofis, Irina Chmyreva, Andrey Martynov, Rauf Mamedov, Nikolay Kulebyakin, Andrey Chezhin, Igor Kultyshkin, Tatiana Plotnikova, Vadim Gushchin, Igor Elukov, Alexei Goga. #
by curatory
| 2021-10-21 01:11
| 東川賞海外作家賞
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