2017年 06月 30日
右手に霞む茶色の建物がスターリンから贈られたワルシャワのランドマークタワー、文化科学宮殿 今年の東川賞海外作家賞(対象国:ポーランド)はアンナ・オルオーヴスカ(AnnaOrlowska, 1986-)に決まった。
昨年10月にワルシャワに調査に行き、実際に会ったり資料を集めたりした作家と、他のノミネーターから挙がった分も含め、最終的には20人近くのノミネートリストができあがったが、オルオーヴスカはそのなかでも最年少で、おそらくこれまでの海外作家賞を受賞した作家のなかでも最年少だろう。
リストに挙がった並居るメンバーをおいてオルオーヴスカが受賞に至ったのは、見えないものを巡るテーマを反復的に追求しながらも、既成の形式にこだわらず、新たな表現を探りだしていこうとする旺盛な表現欲と、それを形にしたときの完成度の高さにあったように思う。ワルシャワでアトリエにも訪れたが、写真を平面として扱うだけでなく、実際に形を切りだした立体の迷路の作品や、写真の表面にワックスを施して、温度が上がるとワックスが溶けて下の画像が現れる作品など、大学での修了制作が評価されてから数年間のうちに、実験的な作品を次々と生み出している意欲には驚かされた。今まさに油ののっている時期なのだろう。
ポーランドの写真家は日本ではまだあまり馴染みがないだろうが、2006年には松涛美術館で「ポーランド国立ウッチ美術館所蔵「ポーランド写真の100年」展が開催されている。この展覧会ではウッチ美術館の所蔵品からアーティスト70人弱、200点余りの作品を選んで展示したもので、そのタイトル通りポーランド写真の100年を、第二次大戦前の1945年以前、社会主義時代の1940-1990年代、民主化が進んだ1990年代以降、フィルム・ビデオによる表現の4章に分けて概観している。企画担当は東川賞の審査員も務める光田由里さん。前年には、加須屋明子さん企画で展覧会「転換期の作法 ポーランド、チェコ、スロヴァキア、ハンガリーの現代美術」が国立国際美術館(東京都現代美術館にも巡回)で開かれ、ポーランドからはアルトゥール・ジミェフスキ、グループ「アゾロ」の映像作品や、ミロスワフ・バウカ、パヴェウ・アルトハメルの作品が紹介された。その後、同じく加須屋さんの企画で「存在へのアプローチ—暗闇、無限、日常ポーランド現代美術展」(京都市立芸術大学ギャラリー・アクア、2013年)が開催されるなど、ポーランドのアーティストは、中東欧の他の諸国に比べても日本では継続的な紹介がなされていると言ってもよいだろう。
とはいえ、写真家の紹介は「ポーランド写真の100年」展以来あまりない。ジミェフスキもそうだが、映像を用いるアーティストで、写真も制作するといった作家は多いが、「写真」を主に発表している作家となると、発表される媒体も限られてくることが多い。今回は、ポーランド文化の海外発信を主に活動している政府機関のアダム・ミツキエビチ財団(AMI)が写真家、ギャラリー、批評家などの紹介をしてくれた他、滞在中もスタディプログラムを組んでくれたため、効率的にリサーチを進めることができた。ポーランドの写真家について英語で参照できるウェブサイトもこのAMIのものが一番充実している、というかほぼ唯一のもので、情報に偏りがないかという心配もあったが、このサイトはキュレーターや批評家など、その分野の専門家に記事の執筆を依頼し、複数の視点から書かれたもののため信頼に足るものだった。
東川賞海外作家賞の対象は国を定めているだけで、ジャンルや年齢などは特に規定がないので、リサーチの時点では、30歳代から70歳代くらいまでの若手から大御所、ドキュメンタリーからファインアートまでと幅広く見渡すことにしている。今回調べていくなかで気になったのは、30代、40代の若手・中堅と70代前後の大御所に勢いのある作家が多いが、その間の世代に際立った活動をしている写真家が、期待ほどは見当たらなかったことだ。(昨年のコロンビアの調査のときにも似たようなことを感じた。)大御所世代は、第二次大戦や戦後の共産主義への移行など激動の社会を生き抜き、1960年代前後にはネオアヴァンギャルド美術を牽引してきた。若手、中堅世代は1989年からの民主、資本主義への転換や2004年のEUへの加盟など、変化の時代の強風に曝されてきた。一方で、その間の世代はというと、1980年代にはじまった大型カメラを用いて風景の精密な描写を試みた「エレメンタリー写真elementary photography」と呼ばれる一派にもあるように、両方の世代に比べれば安定した(というか囲われた?)共産主義体制のもとに青春時代を過ごし、より内向きな、あるいは原理主義的な傾向のある作品を作る方向にむかうことが多かったのだろうか。より先鋭的な作家たちは、写真にこだわらない映像や立体などの表現も取り入れたマルチメディアな表現に向かったようにも思われる。
もう一つ印象的だったのが、今回の調査のなかでイェジィ・レフチンスキ(JerzyLewczyński,1924-2014)の名前が繰り返し聞かれたことだった。レフチンスキは、誰が写した写真であっても、自由に創造的に利用することによって、写真を通して過去の出来事を再発見することを推奨した「写真の考古学 archeology of photography」を唱えた写真家/理論家で、1999年にはポーランドで最初の写真選集『Anthology of Polish Photography 1839-1989』を出版している。現在は、写真考古学財団(Archaelogy of Photography Foundation)が、Zbigniew Dlubak (1921-2005)やZofia Chomętowska(1902-1991)などのアーカイブなどとともに、レフチンスキのアーカイブを保管、運用している。この財団はアーカイブを保管するだけでなく、現代の写真家たちに積極的に活用させるプログラムや展覧会を企画し、過去の写真を倉庫に眠らせておくのではなく、リビングアーカイブとして創造的な利用を推し進めている。彼の考えが現在においても写真関係者に大きな影響を及ぼしているのは、彼の写真家/批評家としての評価もあるだろうが、この財団の活動も大きな役割を果たしているように思われた。
また、資本主義経済への移行、EUへの加盟など経て、ある程度の安定期を迎えたこの時期において、ポーランドという国、地域、社会の歴史自体が、アーティストに対し、過去の見直し、問い直しを今までにも増して要請しているようにも思われた。このことについては、いつか稿を改めて考えてみたい。 ワルシャワ旧市街。13世紀に建設されるが、第二次世界大戦で廃墟と化した。18世紀に描かれた写生画などをもとに、レンガなども再利用し、隅々まで入念に再建されて今にいたる。 かつてユダヤ人地区街であったムラヌフ地区に建設されたポーランドユダヤ人歴史博物館(POLIN)。ポーランドでは1264年にユダヤ人の権利と安全を保障した「カリシュの法令」が発布されるなど、東欧のなかでも最も多くのユダヤ人が暮らし、共存していた。
by curatory
| 2017-06-30 09:16
| 海外作家賞
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